尊厳を踏みにじられた怒りを解放する

私たちは、自分自身の内に在っては都合の悪いものをしばしば拒絶しますが、拒絶されたものは外側に投影されて見せられることがよくあります。たとえば、とても頑固な側面を拒絶していたとすると、自身の現実に頑固な人が現れて、あなたを悩ませるようになるのです。


先日、いつものように公園を散歩していると、何の脈絡もなく数年前のある出来事の場面が思い出されました。私は散歩をしているときは、大体ブログのネタを探して最近の出来事を振り返ったり、ワークをしながら気づいたことを考察したりしながら歩いています。

そのときも、ふいにやってきた記憶によって激しい怒りがかき立てられたので、自分が何に反応したのか、その出来事の相手がどんな動機でその行為をしたのか等を問いながら見ていくことにしました。

出来事自体は、どうということもない些細なもので、気にしない人であればそう目くじらを立てることもなく通り過ぎていく程度のことです。いったい私は何に腹を立てていたのでしょう。自分でも、問いかけない限りは、ただとても腹が立ったということ以上の部分に意識を向けることはありませんでした。

その出来事というのは、私がせっかく骨を折って整えた居心地のいい居場所を、相手にしらっと横取りされて、相手は頑として返してはくれなかったということなのですが、どうして相手がそんなことをしたのか、まったく理解不能でした。

相手に言いたかったのは「ずるい!それが欲しいのなら自分でやってよ!私に何の断りもなく私の領域を侵害するな!」ということでした。

つまり、私が反応したのは、私の領域を奪われ、私の尊厳を踏みにじられた怒りでした。出来事自体は些細ですが、それによってトリガーされたのは、深い怒りと傷ついた心でした。

感情というのは、しばしば出来事に見合わないような大きく深いものが噴き上がるものです。出来事は、その感情を誘発した直接の原因だと私たちは考えていますが、実はそれは、堪忍袋ならぬ「抑圧袋」の中に蓄積された、膨大なエネルギーを爆発させる単なる「きっかけ」にすぎないのです。

まずは噴き上がった怒りをしばらく感じつつ、怒りの瞑想をしました。少し落ち着いてきたところで、今度は相手はなぜそんな行為をしたのか、相手の意識に入って感じてみました。

すると、本当に相手は軽い気持ちで「欲しかったから、手に入れただけ」という感じでした。それにしても、これだけ私が嫌がって抗議したのに、なぜそこまで頑として譲らなかったのか。まるで根が生えたかのように頑固だったのが不思議でした。

それも見ていくと、「私だって我慢しているのだから、あなたも我慢することの苦しみを味わえばいい。私が居心地よく在ることの、何が悪いのか」という意識があるように感じられました。

何だかこれ、私自身の中にも確かに在るな~と気づきました。

在るけれど、注意深く「こんなことを態度に出してはいけない」と隠しているものです。けれど、本音を叫んでもいいのなら、「みんながのうのうとしていられるのに、私だけがこんなに我慢させられるのは許せない!」と叫びたい気持ちは持っています。

いつから持っていたのだろうと振り返ってみると、物心ついた子供の頃には既にあったような気がします。

この爆発しそうな気持ちのエネルギーをじっと感じながら、パッと思い浮かぶエピソードがないかとハートに聞いてみると、子供の頃、母が3つ下の弟にはあっさりしてあげていることを、私は何度頼んでもしてもらえなかったということを思い出しました。

後にそのことを母に言ったことがあったのですが、母はまるで覚えていないようで、筋の通らない言い訳をされて終わってしまいました。

その態度に、母にとって私は、こんなにも我慢させても気づかないほどのどうでもいい存在だったのかと、悲しみとショック、怒りとが入り混じった、言いようのない気持ちになりました。

子供の頃は、この感情を感じるのがとても辛かったので、「拗ねる」という形にすり替え、卑屈さで心が縮こまっていたと思います。

今、じっとこと気持ちを受け止めていくと、身体に力が入らないような、下腹から足にかけてしびれていくような独特の感覚がありました。ちょっと気持ち悪いですが、これを命の呼吸を送りながら受け止めていきます。

しばらくそうしていると、ビジョンの中でいじけて固まっていた小さな自分は、随分元気になりました。そして、「もっと私を大事にしてよ」と言いました。

母が私にした態度は、私が自分自身に対して取っている態度でもあります。私は、自分に対してあんなにひどいことをしていたんだなぁと、改めて思いました。

今に至るまで、私の内なる気持ちのカケラは怒っていました。ということは、分かっているようで、まだまだ分かっていなかったということです。まだ気づけていない自分の在り方の方向転換を、もっとして行こうと思いました。



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