最近、たまに会うご近所のある方にイラッと来る感情があることに気づいて考察してみたところ、面白い気づきがあったので今日はこれについて書いてみます。

その方はちょくちょく私の実家の店に買い物に来る、私の親世代の男性です。

その方が買い物に来るとき、私が店の奥でウロウロしていることもあるので、顔を見れば「よう、○○ちゃん(私の本名の下の名前)、元気?」と声をかけてくださるのですが、なぜかそのことにイラッと来るのです。

普通だったら全然そういうことは無いと思うのですが、何かが癇に障るのですね。別にその方に悪意があるわけではありませんし、誹謗中傷の意図はありません。

さらに、あまり良くないことではありますが、その方を軽んじる思いなどがムクムクと湧いてきて、悪いことにその思いを助長するように、周囲の人がその人を軽んじる言動をするのです。

「あぁ、あの人はあんな感じだから、このくらいの扱いでちょうどいいんだよ」といった具合に。なぜかその人にはいい加減な扱いをしても、大抵の人は笑ってそれに同調してしまうような雰囲気があります。

最初にその人に対する「ウザさ」を感じたとき、それが、私が父に対して感じていた感覚とまったく一緒だと気づきました。世の中の父親というのはどうしてあんなにウザイものなんだろうかと、私の個人的な偏見であることを自覚しつつも、思ったものです。

亡き父も、よく私たち兄弟に対して大した用もないのにちょっかいを出してきてはウザがられていました。(父よ、ごめんなさいm(__)m)

なぜあんなにも不快な感覚が生じるのだろうと、不思議なくらいに「不快感のツボを突く達人」であったと今にしてみれば思うのですが、その理由が全く違ったあることを考察していた時に分かりました。

私はセッションやワークショップなどで、色々な方のお話を聞く機会も多いのですが、なぜかザワザワっとした不快な感覚が浮上するケースが稀にですがあるのです。

それは一体何なのだろうと振り返っていた時、相手の方と私自身の中のある構図が見えてきました。

私はセッションなどでは特に、相手の方のお話を、感情を中心に見ながらお聞きしています。

その方がどんな体験をされ、どのようにそれを捉えていらっしゃるのか、どこがこのセッションのフォーカスポイントなのか、受け止められなかった感情のエネルギーがどの辺りに埋もれているのかを見ているわけです。

ザワザワしたものがかき立てられる方は、とにかく息をつかせず一方的にストーリーをまくし立てるように話し、「対話」をしないという共通点があります。

私はじっとその方を感じながらお話を伺っていますが、その感覚が、その人にとっては「聞いてもらえている、自分に注意を向けてもらえている」という安心感や心地良さにつながるので、ますますまくしたてるような話し方に拍車がかかるようです。

そしてそういう方のもう一つのポイントは、そのように話している自分自身の体験と分離しているということです。つまり、自身の体験を感じ、受け止めないままにツラ~っと思考で表面をなぞっている感じなので、ギアがかみ合っておらず、空回りしている感覚があるのです。

私はその感覚を感じて、とても居心地が悪くなってしまうのでした。

そこまでわかったところで、そう言えば、と思い出したある人の顔がありました。その人も何回かお会いしたことがあるという程度の方でしたが、とても饒舌な方で、みんなを自分の話で楽しくさせたいという思いを強く持っている方でした。

気さくな方なので最初は興味を持ってお話を聞いているのですが、その方がご自身の体験を生きることからくる生き生きとした何かがすっぽりと欠けていることに気づくと、だんだんと聞いているのが辛くなってきます。

そうして少し退屈したような雰囲気になると、その方もそれを察し、注意を自分に引き戻そうとしてさらに饒舌さを増していきます。すると余計に白けていくという悪循環が展開されるのでした。

これら3人に対して私が感じた同じ感覚は、同じ心理的パターンから来ています。つまりそれは承認欲求ということなのですが、他者の注意をどうにかして自分に向けさせたいという行動パターンなのです。

なぜそれらの人がそうするのかというと、自分の内側に耐え難い孤独や無価値感、無力感などの感情・感覚を抱えているので、それを他者から注目されることで埋めたいわけです。

それは代償行為であり、他者のエネルギーを奪って自身の虚無を埋めようとする行為です。いくらこれをしても、自分でその虚無を満たせない限り、その心の飢餓感は止むことは無いでしょう。

言ってみれば、その人は「餓鬼」の世界でもがいているようなものです。

そして、その人の側にいて注意を向けさせられる人は、エネルギーをその人に奪われているので不快に感じるのです。

今ようやく、私が彼らに対して感じていた不快感の理由が判明しました。

彼らが私の現実に現れたということは、「鏡の法則」を通して私の中にも彼らと同じ心の飢餓感があるということなので、この不快感を辿ってしかとそれを満たしていきたいと思います。

思わぬところに貴重な気付きが転がっていました。

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