嘆きの中に隠された天命

先日、ずっと逃げまくっていた自身の天命を受け入れると決めてから、色々と変化が起こっています。自身のエネルギーのバイブレーションも変わった感じがしますし、分かりやすいところで言うと、姿勢が変わって体型も少しだけ変化しました。

以前は足に流れるエネルギーが弱かったのですが、足の指先にまでしっかりエネルギーが通って、力が入る感じになっています。そのせいか、歩き方も変化して、全身の身体の使い方のバランスが変わったようです。

心の様子が身体の形に表れるというのは良く知られた事実ですが、身体の形の前にエネルギーの変化があるということを自分で体験できたのは、興味深い発見でした。

で、さらに天命について掘り下げていく作業は続いているのですが、たまたま気になって「天命の暗号」(中経出版刊・出口光著)という本を読んでみました。

この中に出ている、自身の天命を知るための22の質問に答えていったとき、なかなか興味深いテーマが浮かび上がってきました。

天命というと、それを知って天命に応えるように生きていけば、苦しいこともなく毎日がウキウキハッピーで過ごせるというような、極端に言えばそんなイメージを持つ方も少なくないと思います。

けれどこの本では、これまでの人生で繰り返し嘆いてきたことの中にこそ、天命が表されていると書かれていて、軽くカルチャーショックを受けました。

たとえば、自分には人を思いやる心がない、人にやさしくできないと嘆いている人がいるとします。自分には全くそういう気質がないのだ。そういう要素が必要な今の仕事には向いていない。これは私の天命じゃない、とその人は思うかもしれません。

けれど、実際は全くその反対で、人を思いやったり優しく在ることこそがその人の魂の本質的な性質で、そこに天命があるというのです。なぜなら、そういうことに関心が無い人は、そもそもそのようなことで悩むことが無いからです。

あまりにも高すぎる基準を自らに課しているが故に、そこに至らない自分を厳しく裁いていたわけです。

分かりやすく言えば、私は歌が下手でも別段何も嘆くことは無いですが、歌を歌うことが天命の人にとっては、それはこの上ない嘆きになるでしょう。また、私は総理大臣や研究者になれなくても何ら悩むことはありませんが、そもそも私はそんなことには興味はありませんし、それは私の天命ではないでしょう。

そんなことを踏まえて自身を振り返ってみると、私にとってヒーリングは、ヒーラーになって以来、常に嘆きの対象であり続けて来ましたし、今もそれは変わることがありません。

癒しを探求し、人間を探求し、宇宙とは、本質とは何なのかを追究してきて、その深遠さを前に何度も自分を見失い、翻弄されながら、時折訪れる神の導きによってどうにかここまでは来ることができました。

軽やかに活躍されている同業の方を見ると、自分はやっぱり向いてないなぁと思うのですが、それでもこの探求自体を止めることは無いだろうという気はしています。

意識してもしていなくても、常に心が向かうのはそいういう方面のことで、これはもう私という存在の中に組み込まれてしまっている要素です。だから、ヒーラーという仕事は、私にとってはカルマだと思ってきました。

離れたくても離れられないというのは、結局のところ好きなのでしょうが、好きと一言では片付けられない葛藤も同時に在るわけです。

そんな部分を、著者の出口氏にズバリと言い当てられたようで、深く腑に落ちるものがありました。

何故最近、ここまで私が天命というものに向き合っているかというと、人は自身の天命を受け入れてそれを生きない限り、本当に生きることができないと痛感したからです。

よく、就職活動などで自分の適性を知るテストなどをやりますが、表面的な部分だけさらっても、その人が本当に輝けるようになるわけではありません。

もっと深いレベルから湧き上がって来るもの、自身の様々なレベルの歴史から積み重ねてきたものを捉えない限り、正しい方向性は見えてこないでしょう。

だから、「今の自分にこなせそうで、自分をそこにねじ込んでもそれなりに我慢できそうな仕事」というような選び方をしてしまったりするのでしょう。

以前、「グランドファーザー」(徳間書店刊・トム・ブラウン・ジュニア著)というネイティブアメリカンの戦士でありシャーマンでもあった一人の男性の生涯を描いた本を読んで深く感動したことがあったのですが、この中で、「自らのビジョンを生きないのなら死んだも同じ」という言葉がありました。

ビジョンというのは、天命とほぼ同義語だと思われますが、本の主人公のグランドファーザーも、自身のビジョンに従って、約60年にわたって荒野を放浪しました。

彼は若い頃に長老からそのビジョンを伝えられたとき、そのあまりに過酷な運命を先の言葉で受け止めたのでした。ビジョンから逃げても、それは死と同じだったからです。

とても素晴らしい本なので、興味のある方は是非読んでみてください。

人は、個我を越えた大いなるスピリットとともに生きたとき、人生の本当の神聖さや喜びを知るものなのでしょう。

だから、自身の内に宿ったスピリットに触れるため、深く深く自身に向き合い続けるのです。



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