依存・共依存について

今日は読者の方から「依存体質の方の行動
パターン」についてご質問があったので、
これについて書いてみます。

周囲の方にそうかも?と感じる方がいたり、
自分自身がそうなのかも?と不安になったり
することがあるかもしれません。

誰しも、「依存」という言葉を聞けば、
「良くない関係性だ」と思うでしょうが、

いざ自分が体験している関係がどうなのか?
と問われると、なかなか判断に困るものだと
思います。

私は心理学的な専門家ではないので、厳密な
分類についてはお伝えできませんが、

私自身がこれまで体験してきた依存関係
について、思うことを書いてみますね。

依存には、ざっくり言って、相手から一方的に
されるものと、両者がともに依存し合っている
「共依存」の形があると思います。

どちらの関係性にしても、両者の間に何らかの
「心の隙」が無ければ、その関係性が成立する
ことはありません。

たとえば、依存して来る方は色々な意味で
「助けてほしい、すがりたい、安心したい」と
思っていて、藁をも掴みたい気持ちがあるでしょう。

一方で、依存される側は、多かれ少なかれ、
「助けてあげたい、救ってあげたい、
安心させてあげよう」という思いがあります。

一見すると、こうした気持ちは優しさや思いやり、
親切心といった、社会的にもポジティブな要素のように
見えますが、実はこれが「心の隙」になるのです。

どういうことかというと、実は「相手のため」のように
見えるその気持ちが、「自分の落ち着かない気持ちを
落ち着かせたい」という極めて利己的な動機から
きていることがあるからです。

これは、心優しい方は特に注意深くご自身を観察する
目を持っていただきたいところです。

誰かが苦しんでいるのを見ているのが嫌だ、という
部分は多くの方が持っていると思います。

けれど、何でもかんでも助ければいいというわけでは
ありません。

時には、その人がもがき苦しんでいても、決して
介入すべきでないときもありますし、冷酷に突き放す
態度を取ることの方が、適切な場面もあるのです。

相手が壁にぶち当たって、苦しんでいても、その学び
を見離すでもなく、おせっかいを焼くのでもなく、
じっと見守ることができるかどうか。

そして、本当に助けが必要なときには、必要な手を
差し出すことができるというスタンスに在ることが
大切なのです。

これらを踏まえた上で、利己的な動機から
「助けてあげたい」という気持ちを抱いたとき、この
「心の隙」を、依存体質の人は決して見逃さないでしょう。

依存体質の人は、「自分がすがれそうな人」を
見極めるのに、極めて敏感な感性を持っています。

耐え難い苦しみの中にいるので、その苦しみから
逃れられるなら、あらゆるタブーを侵しても
相手の境界線を踏み超えてきます。

「すがれる人」と何らかの形でつながっているときは
安心できますが、それが「切れた」と見えた瞬間から
その人によって埋められていた安心感は消え去り、
元から持っていた不安感が噴き出してきます。

それがどうにも恐ろしくて耐え難く、また何とかして
安心感を求めて「すがれる人」を探し回ります。

たとえば、相手の都合も考えずに夜中でも電話や
LINEなどをしてきたり、

質問をするにも、どれだけ丁寧に答えても、
際限なく質問が途切れることがない、といった
傾向があります。

これも、感情の性質を理解していれば、
なぜその人がこうした行動をとるのかが
分かるでしょう。

結局のところ、その人の不安や恐怖に根本的に
対処できるのは、本人しかいないのです。

それがどんなに荷が重いように見えても、
他者がその責任を代わってとってあげることは
できませんし、代わってあげられると思うのは
驕りでしかありません。

もっと言えば、それをしてあげようと思うのは、
本人の学びの機会を奪って、依存させている
ことになります。

その人が自分の足で立つ機会を奪いながら、
無力感の中に突き落とし、依存させているのは、
利己的な「助けてあげたい」という思いを持つ
人なのです。

誰かを助けたいと思ったとき、それが利己的な
動機からなのかどうかを判断するには、その人の
苦しみを冷静に受け止めているかどうかが
ポイントです。

その苦しみを見ていて、居ても立っても居られない
というザワザワした感情が湧き上がってくるとき、
その感情に駆り立てられて動くのは適切ではないと
私は思います。

そこから動いてしまうと、助けてあげたかった
「可哀想な人」に、思うように振り回されて
しまうでしょう。

いかに苦しんでいても、その人は決して無力な
「可哀想な人」ではありません。

とてもとてもパワフルな力を持った存在なのです。
そこを見くびってはいけません。

そして、本当その人の力になりたいのであれば、
誰かに依存するような在り方ではなく、自身の
真のパワーに気づき、繋がれるようにサポート
すべきです。

そして、依存したい思いを持つ方は、自分は
被害者ではないのだということをしかと理解
することが大切です。

誰かや何かのせいで苦しんでいる、と思う内は、
決して自身の真のパワーを生きることはできない
でしょう。

そうでないと、あなたのせいでこうなった、
と心のどこかで相手を責めます。

責めることで、相手から罪悪感といった
エネルギーを奪おうとするのも、
こうした人の特徴です。

その試みが成功するかどうかはともかく。

誰かといると安心、でもそうでないと不安と感じる
方は、その誰かや何かに多かれ少なかれ依存している、
すなわち、自身の不安や恐れをそれによって埋めている
というサインと言えます。

自分でその恐れを受け止めることです。

それができるのは自分しかいません。
あなたは魂の勇者です。とてもパワフルな存在です。

そう思えなくても、「~といことにしておく」
でもいいので、一歩を踏み出してみましょう。

サポートを使うのは、そういう意図をしっかり定めた上で、
使いましょう。

あなたの歩みが、栄光に満ちていますように。



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