賢者は真理の法にのみ従う

最近、頭ではわかっていたけれど、
まだ引きずっていた「心の隙」を見つけ、
改めて明確に選択する機会を得ました。

ヒーラーという仕事をしていると、
やっぱり出会った方には良くなってほしい
という思いはどうしてもあります。

結果が出れば私もうれしいし、
そうでないときはどうしたものか、と
あれこれ心を悩ませることもしばしばです。

そうして悩んだ中から、新しい手法や理論を
見つけ、それをまたセッションの中で
フィードバックしていくということもあるので、
それも悪くはないかな、と思っていました。

でも、本当は知っていたのです。
相手に良くなってほしいと思いながら
セッションすること自体が、すでに
パワーゲームに足を突っ込んでいることに。

絡み合ってしまっているわけなので、
健全ではないんです。

世間一般の目線で見れば、親身になって
一緒に喜んだり心の痛みを共有することは
とても人間的で歓迎されるべき資質と
みられるかもしれません。

でも、これだとヒーラーとしては
2流半くらいですかね。

で、最近の諸々の出来事を振り返ると、
そういう在り方をしていることで自身の
センタリングを外れているよ、という
お知らせがいくつも来ていました。

良くなってほしいと思うあまり、
引きずられてしまっていたんですね。

これが「心の隙」なのです。

隙というと、もっと決定的な欠陥的な要素を
思い浮かべるかもしれませんが、一見、
世間的にも好感をもって迎えられるような
要素が「隙」になることもよくあります。

というか、そういうことの方が多いかも
しれません。

誰にでもわかるような欠陥的要素だったら、
みんな気を付けますから「隙」には
なりませんしね。笑

「賢者は真理の法にのみ従う」って言葉を
どこかで耳にしたことがあるのですが、

究極的にはこの在り方でしか、本当に
互いにとって「善」となる在り方はない
のだろうと思います。

私が師と仰ぐレナード・ジェイコブソンも、
こんなエピソードを本の中で書いています。

脳腫瘍に侵されて取り乱したながら
「あなたは私をすくわなければならない」と
言った生徒さんに対し、

「あなたが生きようが死のうが
私には関係ない」
って言い放ったんですね。

彼は自分で自身の言葉にびっくりした
そうですが、結局この言葉が最高最善の
ものであったことが後に証明されます。

興味のある方はこちらの本をご覧ください。
この脳腫瘍の女性に起こった信じられない
奇跡のエピソードが載っています。
今この瞬間への旅

人間目線で見たら、なんてひどいことを
言うんだろうって批難されそうですが、
真理の法からしたら、そうじゃないんです。

可哀そうにって同情し、ズルズル引きずられて
彼がその人自身の責任を負おうとしてしまったら、
酷いことになっていたでしょう。

誰も、他者の人生の責任を引き受けることは
できません。

けれど、しばしば私たちはそれをするのが
人間としての優しさや美徳なのだと勘違い
してしまうことがあります。

親が子供が受け止めるべき責任を引き受けよう
としたり、パートナーを幸せにしてあげるのが
自分の責任だと思ったり、愚痴を聞いたり
苦楽を分身のように分かち合うのが本当の
親友だと思ったり。

当たり前すぎて、
「それのどこがいけないの?当然じゃない」
と言われそうなことばかりです。

もちろん、親は子供の面倒を見る義務と責任は
ありますし、パートナーにはそれなりの守るべき
ラインというのはあるでしょう。

友人関係も、人は人、とバッサリ切り離して
ということを言っているわけではありません。

微妙なレベルでしているパワーゲーム(取引)に
気づくことが大切だという話です。

本人が本来引き受けるべき責任を大変そうだから、
可哀そうだからといって引き受けることは、
その人の学びの機会を奪います。

親が何でも子供のことに手を出していたら
子供が育たないと言われるのと同じです。

難しいのは、「良かれ」と思ってやったことが
結果的に良い方向につながっていないという
ことですね。

そういうときはその「良かれ」の動機を
注意深く見ていきましょう。

「相手のため」と思っていたことが、
実は根っこのところでは「自分自身のため」
ではなかったか。

私が相手に良くなってほしかったのは、
たとえば、自身の有能さを証明し、
存在価値を高めるからではないのか?

子供に良くなってほしいのは、
自分が周囲に自慢できる⇒自尊心を満たせる
怒りや心配などせずに心穏やかに過ごせるから
厄介な重荷を背負わずに済むから
ではないのか?

パートナーを幸せにしたいのは、
必要とされたい、認められたい、側にいてほしい、
孤独にならずに済むから
ではないのか?

友達の気持ちを受け止めるべきだと思うのは、
自身の孤独が癒されて、自分が大事にされている
と安心したいからではないのか?

こういう動機で相手に何かを求めているとき、
私たちはニュートラルに健全な関係性を
築くことはできません。

安心も自尊心も、いかなる外側の存在や物によって
得たものは、儚いまがい物です。

それらは、本当に自身の中心で無条件に感じられる
ようにならなければ、いつまでもパワーゲームを
続けるでしょう。

そういうのも人生の一時期、アリかもしれませんが、
私はそういう関係性は脱していきたいと
思っています。

誰の学びの機会も奪いたくないし、
自分の深奥にある叡智に深く根差して
生きていきたいと思うのです。



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