無数の人生の記憶が導く先

明日の感情解放ワークショップですが、
まだお席はございますので
ご検討中の方は是非どうぞ~。(^^)

さて。

先のことを考えて心配しそうになるとき、
今この瞬間に戻って来る、だけではなくて、

最近は自分の中を流れる広大な命に
意識を向けるようにしています。

「広大な」という形容詞が合ってるのか
どうか、今一つなのですが、まるで
宇宙そのものが流れ込んでくるような
何とも言えない感覚に、解放感を
感じるのです。

現実というものと格闘していると、
ものすごく小さな枠に無理やり自分を
ねじ込んでいるような感じになり、
硬直してしまうので、

私なりに自分が本当は何であったのか
を少しでも思い出そうと
あがいているんですね。

ときにはこうして、社会的な役割や
人間という枠組みをはずしたところで
「自分」を感じてみるのもいいものです。

もう何百回も人間の人生を生きてきた
はずなのに、人生を生きるのは、
簡単ではないですね。

私は、幸せや感謝の感覚は比較的あるのですが、
喜びやワクワクの感覚は感じにくい性質です。

以前は幸せや感謝すらほぼ感じられなかった
のですが、随分ワークをやってきて、
これについては感じられるように
なってきました。

でも、キラキラワクワク~はいまだに
あまりないんですね~。

ある占いによると、私の感情面は
「石板のレリーフ」状態なので、
もともとがそういう資質のようです。

まぁそれでもこんなにも日常が幸せに感じられて
いるのですから、有り難いものだと
今の自分も結構気に入っています。

ただ、自身の最も深いところに意識を向けると、
自分の中を駆け抜けていくものすごく大きな
エネルギーがあって、

そこにチューニングするときだけは、
全身が湧きたつようなワクワクを感じます。

私は本来、こういうエネルギーなんだ!
この命が、この体、この人生を生きているんだ!
って、思い出すんですね。

たまに、音楽や様々なアートでこれを
思い出させてくれるものに出合うと、
このアイデンティティを超えていく
エネルギーをもらいます。

ある程度成熟した社会の中で生きていると、
つい安定だとか未来の保証のために
今をおろそかにしてしまいがちです。

けれど、この私という肉体や魂の中には、
明日をも知れない状況の中で、必死で
生き抜いてきた無数の人生の記憶が
刻まれています。

そのとき、どんな思いで、何を見つめながら、
瞬間瞬間を生きていたのでしょう。

さっきまで隣で話していた友が、
次の瞬間には死んでいたこともあったかも
しれないし、

いつ果てるともない地獄のような状況の中で
じっと息を凝らしていたときもあったかも
しれない。

あるいは、ただただ幸せの絶頂で、
永遠にこの瞬間が続けばいいと願ったときも
あったかもしれません。

ほのぼのと、周囲の人たちの笑い声を聞きながら、
今この瞬間の幸せを感謝したこともあったでしょう。

そうした、無数の瞬間の記憶が、
この魂と体には刻まれているのです。

この先どうやって生きていこう、と不安に
押しつぶされそうになったときも、
多分数十回どころではなく体験していますよね。

誕生と死も、私たちのほとんどは、
今生初めて経験するわけじゃありません。

何度も生まれ、何度も死んでるんです。
今更、何を心配しようというのでしょう。

時期が来たら、野垂れ死ににせよ、
みんなに送られて幸せに死のうと、

全ての人がどうにかして人生を終えるのですから、
「どうやって死んだらいいの?」って心配は
無用です。

でも、それでもなお、不安は尽きません。

この不安は一体どこから湧いてくるのか。
あれが恐い、これが恐いって色々ありますが、

結局のところ、この不安というのは、
目の前の「現実」という枠組みに
広大な命である自分が閉じ込められ、
分断されてしまっていることから
きているんじゃないかと思うのです。

だから、この枠組みを外せれば、
不安は自然になくなるわけです。

自分はこういうものだという
社会的なアイデンティティ、
つまりは年収や住んでいる場所、仕事、
役割などなどは、ある部分で自分を
支えてくれもしますが、

逆に自身の本質ではないそれらは、
制限することで支えてもいるので、
そうした「枠組みの性質」をよく知っておく
ことは大切だと思います。

そんなことを考えていたら、
アイデンティティはある種の「型」
なのかもな、と思いました。

様々な芸の道などで「型」が大切に
されますが、「型」を極め、
それを超えることで芸を高めていこう
とするのが「道」であるならば、

私たちは様々なアイデンティティの「型」を
体験することで、何かしかの「道」を
極めようとしているのかもな、
と思ったのです。

優等生の「型」、劣等生の「型」、
支配者、奴隷、性悪、善人、怠け者、働き者、
詐欺師、正直者、聖女、娼婦、教育者、
はみ出し者などなど

様々な人生を生きることで、
私たちは何を目指しているのでしょう。

このからだに蓄積された人生の記憶を感じながら、
徒然なるままにそんなことを考えてみました。



良かったらポチッとおしていただけると喜びます♡

↓ ↓ ↓



にほんブログ村 メンタルヘルスブログ メンヘル 自分と向き合うへ
にほんブログ村


【イベント情報】*********

●満月の瞑想会
2018年7月28日(土)17:00~20:00

●感情解放ワークショップ
2018年
7月4日(水)、10日(火)、14日(火)、21日(土)
8月4日(土)、8日(水)、18日(土)、22日(水)
基礎 10:00~12:00 アドバンス 13:30~17:00

●特別講座⑬「内なる導きにチューニングする
ワークとアクディベーション」
2018年 7月7日(土)、16日(祝月)、26日(木)
各回ともに10:00~16:00

●特別講座⑭「内容未定」
2018年 8月11日(祝土)、25日(土)、29日(水)
各回ともに10:00~16:00
詳細はホームページをご覧ください

過去記事の目次へ

関連記事

  1. 今この瞬間を拒絶するなかれ

  2. 受け継がれていくもの

  3. 現実逃避ではないスピリチュアルの在り方

  4. 受信設定を確認!

  5. 取り組むからこそぶち当たる壁

  6. スピリチュアルな虚栄心について

  7. 直感に従う

  8. 信頼する力を育てる