被害者と加害者を作ることで逃げているもの

被害者と加害者のテーマって、
至る所に転がっていて、私自身も含め、
気づかずにその役を演じていることって
結構あります。

実際、何かのせいにすると
落ち着かない気持ちがどうにか
その場だけでも収まるので、

何が悪い、誰が悪い、あれのせいだ、
いやこれがいけなかった、と
延々やるんですね。

でも、実際その「~のせい」が
本当にそうなのかどうかっていうのは
また別の話。

実のところ、落ち着かない気持ちが
収まるのならその真偽なんて
どうでもいいわけです。

これ、極端に聞こえるかもしれないけれど、
本当にそうなんですよ。

誰かや何かを責められないのなら、
自分さえも責める。自責の念や罪悪感は
その類のやつですね。

でも、自分であれ何であれ、
「~のせい」にしているうちは、
そのことの真実に触れることは
できません。

本当はその出来事はただ起こっただけ。
そして、それによって自分の内側で
動揺や怒りや悲しみや喜びが起こった。

それをそのまま体験すれば
良かったんです。

でも、被害者や加害者を自身の内外に
作るときは、必ずそうはしていない
でしょう。

悲しみや傷ついた気持ちなどを
在るがままに生きることを拒絶して、
違うものに変質させて反応しています。

そこから、私たちは真実から離れて
行くのですね。

心の中にしこりを作り、
収めたはずの落ち着かない気持ちが
何度も何度も繰り返し浮上しては
私たちを苦しめます。

圧倒されるような大きな感情の
エネルギーを感じそうになると、

多くの人はそれに「耐えられない」と
思って身をよじるようにして
そこからどうにか逃れようとします。

感情解放ワークでは、そこで呼吸や
意識を上手に使って、これを避けるのではなく

どうにかして自分の中を在るがままに
通過させていくように自分を整えます。

こういうことができるようになると、
大抵の感情のもつれは消え、複雑になっていた
日常生活もシンプルになっていきます。

人生が複雑で困難なものになってしまうのは、
受け止めがたい感情をどうにかして
避けようとする数々の試みのためです。

嫌な思いをしたくないから、できるだけ
ある人に会わないように警戒したり、

嫌な思いをさせられる前に
その原因と思えるあらゆるものを
徹底的につぶしておくとか、

トラブルになりそうな人をあらかじめ
懐柔しておくとか。

私たちは実に色々なテクニックを駆使して
もう二度と「あんな辛い思い」をしないように
涙ぐましい努力をしているのです。

でもいかに努力しようとも、
その試みは決してうまくいかないでしょう。

人生は、私たちが真実を生きることを
徹底的に要求してきます。

惨めさを感じているのなら、
在るがままに惨めさを生きるように。

怒りを感じているのなら、
責任を持った方法で怒りを生きるように。

悲しみを感じているのなら、
何かにすり替えるのではなく、
この心と体と魂でしっかりと泣くように。

私たちはしばしば、ある感情について
それを表現することはいけないことだ
と思っていたりします。

もちろん、いつでもどこでも
表現すればいいというものでもないし、

怒りを感じたらそれをやりたいように
相手にぶつければいいのかと言えば
そうではありません。

「責任を持った方法で」というところを
都合の良いように落として解釈しない
ようにしましょう。

八つ当たりをするのは、自分の怒りは
「~のせいだ」と思ってその対象に
怒りの凶暴なエネルギーをぶつけている
わけです。

それは責任転嫁ですね。

そうではなく、この怒りは誰のせいでもなく、
自分のものであると認めたうえで、
1人の時間と空間で怒りを表現します。

私が師と仰ぐレナードは、
「怒りには表現される権利がある」と
よく言っていますが、

怒りは怒りとして自分自身に生きてもらう
権利があるわけです。

だから、無かったことにしたり、
違う感情にすり替えたりするのは
違うんですね。

たとえばあなたが友人から、
いないものとして扱われたり、

あなたをあなたとしてではなく、
別のだれかとして扱われたら、

あなたはとても傷つくし、
嫌な気持ちになるでしょう。

怒りのカケラ君も、私たちにそんな風に
されたらとても傷つくし、辛いんですね。

だから、社会的にどんなに否定的に
考えられている感情であっても、
それは私たち自身によって生きられ、
表現される権利があるのです。

繰り返しますが、必ず「責任を持った方法で」
表現してくださいね。

自分のあらゆる感情や側面を
在るがままに認め、受け入れるほどに、
世界は自分を在るがままに認め、
受け入れてくれます。

自分が自身を深く理解し、愛するほどに
世界はあなたを深く愛し、理解する
でしょう。

「良くない」側面を否定し、変えることで
幸せになろうとするやり方もまだまだ
見かけますが、その試みはうまくいきません。

徹底的に拒絶するほど、自分が受容するまで
徹底的に差し戻され、嫌というほど
見せつけられるのです。

その痛みに耐えかねて、
また被害者になったり加害者になったり。
延々とこれを繰り返してきましたね。

そろそろこのグルグルを、
卒業していくときではないでしょうか。

人生を、シンプルにしていきましょう。



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