善なるものの種を抱く

以前、スピリチュアルな契約、約束、
宣言の類について書いたことがありましたが、

最近、セッションをしていてこれらが
引っ掛かる方が多かったので、
また思うところを書いてみます。

スピリチュアルな契約の類というのは、
何も契約書を書いてどうにかするとか、
特別な儀式をしてするものとは限りません。

心の中で、あるいは声に出して
神などの存在に向って
「私は○○します」と宣言すれば、
それでもう成立してしまうんですね。

で、そういうものがエネルギー的に
体の中に入ってしまう。

自分が望んでいるうちは
それでいいのでしょうが、
時間の経過とともにその契約が
足かせになってくることもありますね。

こういうものを、人生をまたいで
持ち越してきてしまっていることも
多々あって、それがセッションをしていると
ひっかかってくることがあるわけです。

ただ、必ずしも強く願えばしっかり入って
人生をまたいで持ち越し、
軽く思っただけだから入らない、
というわけでもないのですね。

ふと思った思いを何者かが拾って
都合良く使ってしまっているケースも
結構見かけます。

こういうのは、
大概よろしくないケースですけれど。

たとえば、
自分の意志で決めたことで大失敗をして、
もう二度とこんな思いはしたくない。

こんなことなら自分で人生を決めないで、
誰かに決めてもらうようにしよう、
とか思ったとすると、

よしよし、ならば私がお前を使ってやろう。
という存在が出てこないとも言えない。
あぶないですね~。

不用意に自分の人生の主導権を
明け渡してはなりません。

また、誰に、というわけではないけれど、
自分自身に対して固く誓っている
ということもあって、これは誰にでも
多かれ少なかれあるものだと思います。

二度と人を信用などするものか!とか、
もう誰も愛さない!とか、
自分の心の内を見せてはならない、
絶対に泣いてはいけない、
怒ってはならない、
苦しんではならない
などなど。。。

こうして見ていくと、
こういうものが入ってない人は、
目覚めている人でもない限り、
誰もいないだろうと思います。

だから、何も特別なことではないし、
そんなに恐れるべきものでもありません。

けれど、注意深く見て行く必要のあるもの
ではあるでしょうね。

しばしばこれらのプログラムが、
人生を生きづらくしていることが
あるからです。

で、こうした契約で最も有名なのが、
「清貧の誓い」でしょう。

お金を拒絶するような誓いを
神に対してしているわけですね。

過去世で修道士だったとかで
この誓いを立てて、それを今生まで
持ち越して持っている方、
少なくありません。

お金を汚いものだと思っていて、
お金を持つと自分が汚れてしまう。
そうなると神から遠ざかってしまう、
と思っていたりするのです。

当然、お金は遠のいていきます。

だからみなさん、こういうのが
自分に入っていると知ると、
即座に「取ってください!」って
おっしゃるんですけどね。

それだけを簡単に抜ける場合もあるし、
構造的に入っていてちょっと段階を踏む
ケースもあるのです。

たとえば、先のケースで言えば、
お金に触れたら自分が汚れて
神から遠ざかってしまう恐れを
きちんと処理しなければいけない。

単に概念的に汚れるだけではなく、
そこに具体的な別の人生のストーリーが
絡んでいる可能性もあるのです。

お金で汚れるってどういうことでしょう?

ものすごく欲にまみれて
汚い手段で人をだくさん泣かせてきた
のかもしれないし、

お金を得るために、
何か魔物的な存在と契約をしている
のかもしれない。

魂を取られるとかね。

そうなると、お金を得て豊かになった途端に
魔物との契約が成立して魂を取られてしまう。

だから次の人生では清貧の誓いを立てて
魔物から自分を守っているのかもしれない。

こんなややこしい構造になっている
こともあるわけです。

こういうのは順番に、
魔物との契約から解除していきますが、

もちろん、そういう契約をしてしまった
心の弱さがベースにありますから、
その背景から対処します。

魔物的な存在は、実に巧妙に
私たちのこうした心の隙を
すくい取っていきますね。

お金が欲しい、
愛する人が欲しい、
権力が欲しい、
パワーが欲しい。

欲しがること自体は悪ではない
と思いますが、

何かそこに「善なるものの種」
とも言うようなものが抜け落ちていると、
容易に魔が忍び込んで堕ちていくでしょう。

現代社会においては、
この「善なるものの種」が
見失われて久しいような気もします。

インドの言葉で言うと、「ダルマ」
ってこのでしょうかね。

様々な概念を含む言葉であるがゆえに、
議論のあるところかもしれませんが、
でも、大切なことだと私は思います。

ダルマって、本質的には概念ではなく、
私たち一人一人が本来は感じ取れるはずのもの、
のような気がします。

まぁ、私は専門家ではないので
このくらいにしましょうか。

いずれにせよ、
自身の内に「善なるものの種」を抱くことは、
変な契約などを結んでしまうことから
私たちを守ってくれます。

深く深く、自身の本質につながって在れ!



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