英雄の顔、逃亡者の顔

今週末18日と来週22日のワークショップ
まだお席ございますので、ご都合いい方は
ぜひどうぞ。

感情解放ワークショップ
http://healing-gate.com/blog/seminner/kannjyoukaihouworkshop/

さて。

感情解放のセッションをしていて、
どうしても自分を受け止められない人が
いるんですね。

受け入れるのに抵抗がある場合でも、
抵抗を緩めていくテクニックはあって、
様々やっていくのですが、それでも
どうしても受け入れられないのです。

そういうときはほぼ例外なく
「これは自分ではない」という思考で分離
しているのですが、

全部ではないのかもしれませんが、
その中で、本当に「自分ではない」
ケースがあります。

しかもこの場合、受け入れられずにいる
自身のある側面の方が「自分ではない」存在
なのではなく、受け入れようとしている
主体の方が「自分ではない」んですね。

これまでにも何度も書いたことがありますが、
「自分」の中に自分のふりをして入っている存在
のことです。

こういう存在は、勝手に入って来るのではなく、
本人とスピリチュアルな契約をしたうえで
入っています。

だから、基本的には本人も了承済みなんですね。

こういう存在が何年、何十年も自分のふりをして
自身の人生を生きている。

どういうときにこういう契約を結ぶに至るのか
というと、とにかく人生が辛い時。

もうこんなところで生きていたくない、
逃げ出したい、と思うとき、その状況を
替わりに生きてくれる存在を意識、無意識的に
呼ぶんですね。

そうして、肉体をもって生きたいと願う
肉体を持たない存在がそれに応えて
契約成立。

肉体の大家さんと店子さんみたいな関係で
大家さん不在の時に店子さんは肉体を借りて
その人の人生を生きる、という共存関係が
出来上がるわけです。

しかも、店子さんはしばしば一体とは
限りません。何体もいて、それぞれ微妙に違った
賃貸契約の下に共存していることもあります。

こういう状態で、自分の人生の責任を
引き受けて行こうという方向に
統合のセッションをしていくとき、

主体が既に「本人ではない」わけなので、
「自分の人生を引き受けて行く」ことは
そもそも不可能なのです。

そこであれこれやって、
「あれ?なんかおかしいぞ?」
となって確認すると、別人が入っていることが
発覚する。

こういうとき、本当の「本人」が
自分の人生に戻ってきたいのかどうか
というのが一番重要なポイントになります。

「本人」が戻ってきたくない、
戻ってくる意志がない場合、あるいは
戻って来ることに対して躊躇がある場合は、
セッション自体が成立しなくなります。

セッションは「本人」の意志をサポート
するように働くものですし、

サポートさせていただく私としても、
自分の人生の責任を引き受けないことを
推奨するようなセッションはしない方針
だからです。

こういう、自分が引き受けたくないものを
別の存在に引き受けてもらうというのは
「逃げ道」です。

こういう風に解き明かしていくと、
自分の人生の責任を引き受けずに逃げ道に
逃げ込むことの不健全さがよくご理解
頂けるのではないかと思います。

逃げ道を断つということに非常に
歯切れの悪い反応を示す人もいますが、

10ある内の2つくらいなら残しておいても
許されるでしょ?とかそういう問題では
ないのです。

そういう逃げ道を1つであろうと8つであろうと
残しておかなければいられない在り方自体が
どうなのか?という話なんですね。

なぜそこですべての逃げ道を断って
0にしてはいけないのか。

そこで躊躇するとき、
その躊躇している存在は一体誰なのか?
という疑問も出てきたりします。

その人本来の状態に戻って行こうとする
(明らかにその人ではないものを手放していく)
方向に進めようとするとき、

途端にどぎまぎしておかしな言動をしたり
熾烈な抵抗を始める人がたまにいるのですが、
怪しさ満点ですね。笑

まさか自分は違うだろう、と他人事のように
今これを読んでいるあなたも、
可能性がないとは言えません。

こういうものが出てきた人は、
みんな「まさか自分が!」って思って
ショックを受けるのですから。

何度も書いてますが、
自分の人生を引き受けて生きていく力は、
本人が、本当に自分自身を引き受けて行くから
肚の底から力が湧いてくるのであり、

逃げた状態ではどうやったって
そんな力は湧いてこないのです。

今自分が最も逃げているものは何でしょう?

逃げている時、人は自身の真の力から
切り離されて弱々しくなります。

そして、顔つきもどこか卑屈な
卑しさがにじみ出てきます。

また、頭でいくら納得していたとしても、
深いところではそんな自分を信用して
いませんから、どこか後ろめたさから
逃れられません。

自分に自信がないという人は、
例外なく何かから逃げている
とも言えますね。

けれど、反対に逃げ道をバッサリ断って
本当に自分が引き受けるべきものに
向き合ったとき、

その人の顔は凛々しく輝き、
力強さに満ちてきます。

鏡を見て今、自分の顔がどんな風に見えますか?

逃亡者の顔でしょうか?
それとも、雄々しく清々しさに満ちた
英雄の顔でしょうか?

本当に自身の人生を引き受けて生きるとは
いかなることなのか、ぜひ考えてみてください。



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