抑圧の苦しみの中で求め続けてきた世界

自粛生活も長くなってきて、
みんなそれぞれに過ごし方を工夫して
非常時の行動パターンに適応して
来ているような気がします。

(もちろん、激変する経済状況の中で
混乱している方も多いでしょう)

先日、久しぶりにスーパーに行ったら、
ソーシャルディスタンスを守りながら
レジ待ちをするのはわかっていたのですが、

入店時にも並ぶことを
さっぱり分かっていなくて、
買い物を終えて帰るときに並んでいる人を見て
あらら?私、割り込みしちゃったのかしら?
と焦りました(^^;

並んでいる人に気づいてなかったのか、
それとも私の入店時には並んで
いなかったのかは不明。。。

まぁ、なんだかんだ、
人々は否応なく新しい社会のルールに
適応しつつあるようです。

私自身、
この2か月半ほどを振り返ってみても、
ものすごく世界観というか社会観が
変わりました。

去年から、眠りこけてた私に友人から
今社会はこんな風になってるんだよ!
という目覚めの一撃を食らって以来、

少しずつ自分なりに講演会に足を運んだり
本を読んだりしながら情報を集めて来ましたが、

想像以上に待ったなし、何が本当なのか
自分の理性と直感をフル稼働させて
知らなければいけないことがある、と
痛切に感じたのでした。

そしてさらにこのコロナ騒動で
完全に今まで抱いていた世界観は
崩壊しました。
(まぁ、遅いと言えば遅いのですけれど)

色々飛び込んでくる情報も、
マスコミが流す情報も、どちらも
そう簡単には鵜呑みにはできない、
というスタンスで眺めてみると、

私たちが抱いている世界観というのは、
なんと脆く、また容易くいかようにも
構築されていくものなんだろうと
改めて感じました。

どんな突飛な話も、
繰り返し意識の中に流れてくることで
常識になっていくし、白を黒、黒を白に
変えることも造作ないことなんだと。

となると、私たち、否、
私が生きているこの世界というのは、
いったい何なのか?

夢の中で夢を見て、またその夢が覚めたら
その世界は本当に現実だと言えるのか。

そんな映画もありましたっけ。

夢と現実を見分けるための印も、
果たして本当に印としての有効性があるのか。
なんだかPCR検査みたいですね。笑

正しいと信じてきた良識や常識は、
何ゆえに正しかったのか?

その正しさを支えていたものは、
今この瞬間においても正しいのか?

生き方の根底を支えるものが、
今まさに大きく揺さぶられて
一人一人が目を覚まして己に問え!
と突きつけられているのが
コロナの時代なんだと思います。

例えば、これまでの世界だったら
借金はきちんと返すもの、
お客様や取引先との信用第一、
というのが常識だったけれど、

じゃぁ経済がストップさせられている中で、
資金繰りに困っているギリギリの経営者が
その良識を真面目に守ろうとしたときに、
自らの命を犠牲にしてしまうのは
正しいことなのか。

死ぬくらいなら借金は踏み倒せ!
家賃も滞納して居座れ!
お客様にも取引先にも泣いてもらえ!
そして生き延びろ!

生きて新しい世界でもう一度、
償いでもご恩返しでもして
己の価値を問え!

っていうのが正義かもしれません。

また、国やお上、先生の言うことは
素直に聞いて従うのが良い国民、人間なんだ
っていうのも、今は非常識になっている
と思います。

今回のコロナ対策にとどまらず、
国の言うことなんか素直に聞いて
羊のように従ってたら、
命がいくつあっても足りない!ってことに
多くの人が気付いてきていますし。

これからの時代は、
盲目的に何かに従っていれば安全で
そこそこ幸せになれるってことは
ないのでしょうね。

一人一人が目を覚まして自分で判断して
自分でどう生きるかを、誰が何と言おうと
実践して生きていく時代。

そういう意味で、もうマスメディアが
大量に画一的情報を流して大衆を
コントロールする時代は
終わったのだろうな、と思います。

みんなが使っているから自分も持ってないと
恥ずかしい、仲間に入れてもらえないとか、
近所の子はみんなピアノを習っているから
うちの子も習わせないととか、

そんな理由で人々は行動しなくなって
いきますから、そういう商品の売り方も
通用しなくなっていくでしょう。

そんな時代で、私を含め、
それまで個性を一生懸命抑圧して
生きてきた世代の人間にとって、

より純粋に自分オリジナルの生き方が
問われていくこの状況は、喜ばしいことながら
戸惑いの方が大きいのかもしれません。

抑圧に苦しみながらも、
敷かれたレールを歩んでさえいれば
良かった世界もまた、ある意味
恩寵だったのだと思います。

でも私たちは今、新たな恩寵に
自分を開いていかなくてはなりません。

それは、抑圧の苦しみの中で
ずっと求め続けてきたもの
だったのではないでしょうか。

誰かが示した世界観に寄りかかって
生きるというのではなくて、

自分自身が表現したいものに
それが近くて共鳴できるから
自分もそれを構成する因子として
参加する、という、どこまでも
主体は自分自身である生き方。

さぁ、グズグズしてはいられません。

既に始まってるんですから!



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