「できない」と「やりたくない」を明確にすると見えてくるもの

以前、私自身そういうところが
すごくあったな~と思うのですが、

やりたくないことを断るのに、
できない理由を探してきて
○○だからできないんです~
って断るやり方。

やりたくないならやりたくないって
素直に言えばいいのに、それをしないで
何かのせいにして不可抗力でできません
って言うの、最近はあまりやってないことに
気づきました。

なんでだろう?って考えてみると、以前は
自分でやりたくないってわかってることを
自分に無理強いするところが
あったんですね。

今考えると、なんでそんなバカなこと
してたんだろう?って不思議なくらいなんですが、

そうしないと、願っているみたいな
自分になれないんだ、とか、
そうすることが成功の唯一の道なんだ、とか

やりたくないからって断るのは
相手に失礼だし、社会的にダメな人間だと
思われてしまう、と思い込んでたんですね。

全然そんなことないのにね。

けれど、そういう思いは
強迫観念のように自分を責めたて、
私を追い詰めていきました。

そんなことをすれば逃げ出したくなるのは
当たり前で、本当は望みは尊重され、
大切に応答されるべきなのに、
それを実行する存在から否定されたら
歪むほかありません。

嫌なのにNOと言えないので、仕方なく
○○のせいでできないんです。
いや、私だってできればそうしたいんですよ。
したいんですけれど、でもこういう状況じゃ
無理なんです。全く残念です。

っていう顔をして、どうにか自分の望みを
歪んだ方法で叶えてきたわけです。

それが、あるところから、
もっと自分の望みを大切にしようと決めて、

本当のところ、私はどう感じているだろう?
それを叶えてあげるために、今私は
何ができるだろう?っていうアプローチに
変えました。

要は、Yesのカードだけじゃなくて、
Noのカードもちゃんと渡して
「どうしたい?」って自分に対して
フェアに聞くことができるようになったんですね。

その辺りから、
「できない」ことと、「やりたくない」ことが
よりはっきりと識別できるようになりました。

Noのカードがないときは、
その二つは混同されてたんですね。

けれど今は、「できない」と思っても、
本当にやりたいなら、何かできるようになる
可能性はないだろうか?って、あらゆる
可能性を探るようになりました。

たとえば、行きたいイベントに予定が入ってて
行けない時は、その予定は動かせないか、
本当にその日にやる必要のある予定なのか、
そもそもその予定は私にとってどのくらいの
必要性があるのか?など、

自分にとってもそもそもの必要性を
根底から問い直すことで、今まで
大して考えもしないでだらだらと習慣で
決めるようなことが無くなって行きました。

結果、別に人間関係も悪くなってないですし、
人生をより充実させられるようになったと
良いことづくめです。

意識的に自分の人生を創造するって、
こういうところからも始められるんですよね。

誰のせいにもしない。何かのせいでもない。
私がそれを選んだから、私はその現実を生きる。

ただそれだけのことなんです。

自分で引き受けることが嫌なので、
その状況に甘んじるなら、引き受けなかった何か
の替わりにその状況であまり望んではいない
かもしれない何かを引き受けているのです。

だから、別に自分は被害者じゃないですね。

責任と自由はセットです。
自由だけ得ることはできません。

自分の中で、何か我慢をしているものがあるのなら、
なぜ我慢しているのか。我慢することで
何を得ているのか。考えてみるといいでしょう。

我慢することで得ているものなんてない!
って言う人もいるかもしれませんが、
我慢しなかったとしたら、どうなるか?
というのを問うてみると、気づきがあるかも
しれませんよ。

我慢しなかったら起こってくること。
あなたはそれを避けたいから、
我慢しているのではないですか?

その避けたいものを引き受ける勇気と
力がもしあなたの中に在るのだとしたら、
あなたはまだ我慢するでしょうか?

その勇気と力が今の自分には無い
と思うのなら、それは本当なのでしょうか?
1ミリもその可能性はないのでしょうか?
それは絶対だと言えますか?

自分が自分に対して信じていることは、
今のあなたにとって、どのくらい真実
なのでしょうか?

かつてはできなかったかもしれないけれど、
今もかつての自分のままですか?また、
時代はできなかったときのままでしょうか?

不平不満を言いながら我慢するのか、
自分の棚卸をして自己評価を更新して見たら、
案外、もうかつての自分とは違う選択を
軽々とできる自分に気づくかもしれません。

本当にできないのか。
ただやりたくないだけなのか。
自分を制限しているのは誰なんでしょう。

見ようとしていないだけなら、
決めつけていないで
見てあげたらどうですか?

それは、かつてあなたが誰かに臨んだ
ことだったのではないでしょうか?

案外、私たちはパワフルだし、
自由なのです。

選択一つですね。



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