憎しみの解放と赦しの本質

昨日のブログでは憎しみのワークの途中までお伝えしていきましたが、今日は赦しというテーマも含めて、憎しみの解放プロセスについてご説明したいと思います。

よく怒りや憎しみなどを抱いていると、「相手を赦しましょう」などと言われることがあると思います。様々なセラピーワークでも赦しの重要性が説かれていますが、これは注意深くやらないと、抑圧になってしまうのが難しいところです。

確かに本当の赦しが起これば憎しみも怒りも融けて消えるでしょう。けれど、赦しありきでワークを進めようとすると、大抵は上手くいかないだろうと思います。

本当は怒っている、憎んでいるのに、「赦すのが良いことなのだ、憎しみを抱く自分から解放される、全てが良くなっていくのだから」と頭で言い聞かせて納得させ、本当の気持ちは押さえこんで表面だけ赦している形を取り繕おうとしてしまうのです。

当然、こんな形ばかりの赦しに解放や癒しの力があるはずもなく、本心を抑圧したことで苦しみを大きくするばかりでしょう。

私がお伝えしている感情解放のワークでは、「赦しましょう」という誘導は一切しません。それはやろうと思ってするものではなく、「自ずから起こるもの」だと思うからです。

それが起こるように状態を整えていくのがワークのプロセスであり、そこさえきちんと整えば、赦しは自然に起こります。赦そうと歯を食いしばって努力しなくても、心の奥に突き刺さっていた苦しみの杭がす~っと消え、相手の顔を見たときに、もう恨みも怒りも憎しみも、何もなくなっていることに気づくのです。

この状態になるから赦せるのであって、心にわだかまりが残っている状態でそれをしても、必ず収めきれない感情のエネルギーが浮上して来るでしょう。

よく、ひどいことをされた相手に「あいつも同じ目に遭わせてやりたい!」と思うことがあると思います。なぜそう思うのかと言えば、「私の味わった苦しみを思い知れ!」ということなのです。

なぜそうしなければ気が済まないのかと言えば、相手に自分のやったことがどういうことなのかを理解させたいわけです。

自分のやったことを本当に理解しなければ、また同じことを繰り返すでしょうし、たとえ謝罪があったとしても、その謝罪は自分が助かりたいからという自己本位なものでしかないでしょう。ここが、赦しのカギになる部分です。

自分が罪を犯したことが苦しくてならない。だから被害者に赦してほしい。そうすればこの苦しみから逃れられるから、ということですね。

どこまでいっても「自分のための謝罪」でしかなく、そんなものを差し出されて赦すことなど到底できないでしょう。

感情のエネルギーから見れば、これは自分で受け止めきれない痛みの感情を、相手に押し付けていることになります。自分がひどい目に遭わせた被害者に、さらに痛みを押し付けている行為なのです。

本当に憎しみのストーリーに和解をもたらすには、被害者、加害者双方が自身の痛みに責任を取ることが必須です。以上を踏まえた上で、昨日のワークの続きについて書いています。

ここからは「意識の移動」というテクニックを使います。やや中級者向けのテクニックですが、初心者の方もとりあえずやってみよう!というくらいの気持ちでトライしてみてください。初めてでもわりとできてしまうことも結構あります。

まず、自身の内に浮上している憎しみを身体で感じ、そこに命の呼吸を送ってあげます。さらにイメージの中に相手を呼んできて、相手に対して飲み込んでいる言葉を吐き出すということをやります。

憎しみのエネルギーが少し弛んだな、と思ったあたりで、相手がどんな表情をしているかを確認します。相手は戸惑っているようでしょうか。すまなさそうにしているでしょうか。あるいは、全くこちらの言葉を受け付けない様子でしょうか。

いずれにせよ、相手の表情によって浮上した感情も命の呼吸とともにある程度受け止めたら、今度は相手の意識の中に、自分の意識を移動させてみます。そして相手の視点から、今のみ込んだ言葉を吐き出した自分が見えるかどうかを確認します。

うまくいけば、長年飲み込んでいた言葉を吐き出した自分の姿が、相手の視点から見えるでしょう。これができたら、相手の意識に入ったまま、相手がどんな気持ちになっているか、体感覚などを感じます。

動揺していたり、罪悪感に駆られていたり、逃げていてまったくシャットアウトしてしまっているなど、相手の心理状態や身体の感覚が良く分かると思います。

そうしたら、相手の身体の中に入ったまま、相手の感情を身体で捉え、自分の時と同じように命の呼吸を送りながら受け止めていきます。

逃げているのは、自分の中に浮上している感情を受け止められないので逃げているわけです。もし逃げずにいたとしたら、どんな気持ちになるかと問うてみたときに湧き上がってくるのが、逃げている核心の感情になります。

到底自分で背負いきれない、そんなものを背負ってしまったら自分が潰れてしまう!と信じているので、潰れないように逃げるわけです。が、自分が潰れてしまう恐怖やしんどさなども、身体でしっかりと感じ、命の呼吸とともに受け止めていきます。

これができると、その人は自分の感情の責任を取れた状態であなたに向き合うことができるでしょう。逆に言えば、これができない内はどうやってもあなたとまともに向き合うことは無いわけです。

今、あなたは相手の意識の中に入って相手の中に浮上している感情を受け止めたという形になっていますが、実はこの感情は、あなた自身のものであり、相手のその逃げている態度はあなた自身のことなのです。

中には、相手の感情を受け止めているときに、「あ、これって私だ」と気づく方もあります。

ここまでを第2ステップとしてみましょう。

できる方はぜひチャレンジしてみてください。とてもとても深い気づきがあると思います。この続きはまた明日、お伝えします。

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第345弾 無料遠隔ヒーリング

毎週月曜日は恒例の無料遠隔ヒーリングのテーマの設定日です。 第343弾のご感想と5月27日感情解放ワークショップ、対面オリジナルヒーリングセッションのご感想をホームページにアップしましたので、参考になさってみて下さい。

さて。いつもブログを書き始める前は、今日書くべきことを教えてください、とお祈りをしてから書き始めるのですが、そのせいかどうか、よく「本当に今必要なことがタイムリーにブログに書かれているんです!」というお声をいただきます。

そんなお声を聞くたび、「ちゃんとつながってるんだ!」と私も嬉しくなります。

今日もそんな風にして書き始めているのですが、「憎しみ」についてのテーマが来ているようなので、これについてお話していくことにします。

誰しも、長年人間をやっていれば一人や二人、どうしても許せない人がいるものだと思います。親や友人、昔の恋人や現在のパートナー、仕事関係の人など、「本当にひどいことをされた!そのことで私は今もこんなに苦しんでいる!」となれば、怒りを通り越して憎しみになってしまうのも無理はないかもしれません。

どんな感情でもそうですが、憎しみを解放して行こうと思ったら、自分が相手を憎んでいることを認めなければなりません。

ネガティブと言われる感情ほど、それが自分の中に在ることがいけないことだと思って無かったことにしてしまったり、何か別のものにすり替えたりして実に巧妙に隠してしまうことがよくあります。そうなると、自分でも容易には気づけない状態になっていたりします。

そんな醜いものが自分の中に在ったら嫌われてしまう、仲間外れにされて孤独になってしまう、大切なものを失ってしまうなどと、私たちは自覚する以上に恐れているものです。

たとえば、親やパートナーなど関係を壊したくない、愛されていたいような相手には、「大好き!」という思いが強ければ強い程、それとは相反する気持ちが生じたとき、瞬間的にその気持ちを隠してしまうものです。

とても必要としているのにそんなものを抱いていることが相手に知られてしまったら、相手は私を愛してくれないかもしれない。去って行ってしまうかもしれない、見捨てられてしまう、などと恐れます。

大好きな存在を同時に憎むなんてことがあるのかと、たまに驚かれる方もあるのですが、私たちは相反する気持ちを同じ対象に対して抱くことは、別段珍しいことではありません。そもそも心は、それほど理路整然とした整合性のあるようなものではないからです。

また、相手が元々嫌いな人物だったとしても、憎しみなんて感情を抱く自分自身に失望する、そんな自分で在りたくないと、憎しみを抑圧するケースもあります。

いずれにせよ、憎しみを解放するには、まず憎しみが確かに自分の中に在ることを認め、それを告白することが大切です。告白というのは別に誰かに向かって言わなくても、自分で声に出して、あるいは心の中で「私は○○を憎んでいる」とつぶやくだけでOKです。

これをするだけでも随分と心と身体が弛むのを感じるでしょう。

このとき、相手を憎む自分を一切責めたりジャッジメントせずに行ってください。それはただの感情のエネルギーが浮上しているだけです。それ自体に善悪はありません。

憎しみは、怒りがやや複雑にこじれてしまったものです。怒りは、「欲しいものを与えられなかったか、欲しくないものを与えられたか」のどちらかによって生まれますが、憎しみはさらにそのことによって生じた痛みを相手に投げつけている状態と言えます。「お前のせいでこうなった!許せない!」というわけです。

これを解いていくには、まず相手に投げつけている痛みを自分に戻し、責任を取らなければなりません。

ちょっと(かなり?)苦しいですが、相手のせいにしなかったとしたら、その途端に相手に投げつけていた苦しみがダイレクトに感じられますから、これを身体で捉え、命をそこに呼吸して送ってあげます。

それである程度弛んだら、今度は相手との対話で飲み込んだ言葉を吐き出していきます。

言いっ放しにしないで、吐き出したら相手の表情を見てみましょう。どんな様子でしょうか。よく、ワークで飲み込んだ言葉を吐き出して言いっ放しにしている方がありますが、それで終わりではありません。「対話」をするわけなので、しっかり相手を見ていましょう。

飲み込んだ言葉を吐き出すのも、それだけでも辛いかもしれませんね。あるいは、言ってはいけないのだと思い込んでいることもあります。それでも、言えると喉につかえたものが取れるように、ホッとすることが多いでしょう。

憎しみを解いていくワークはこの後も続きがあるのですが、初心者の方はまずはここまでができるように目指してみましょう。続きはこの後のブログで追って書いていきます。

憎しみも自分のものとして引き受けていく準備ができた方はどうぞご参加ください。

というわけで今週のテーマはこちら。

自身の内に抑圧している憎しみを認め、告白し、統合するよう最高最善に働きかける

参加される方は、「無料遠隔ヒーリングの受け方」ご覧になり、 ご理解のうえ6月7日(水)17:00までにメールまたはメールフォームにてお申し込み下さい。 同日20:00より順次働きかけを行っていきます。

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見る目、聞く耳を持って対話する

昨日は感情解放ワークショップでした。常連の方のご参加だったので、ワークの基本的なポイントを押さえていくのと、少し上級者向けのご説明をして、一歩踏み込んだ問いかけの仕方などをお伝えさせていただいました。

よく自分と向き合う、自分と対話すると言われますが、そうは言ってもどうしたら自分と向き合ったことになるのか、どうやって自分と対話して行ったらいいのかなど、多くの方の中ではかなり漠然としていて、実際やろうと思ってもなかなか具体的なところが分からないということがほとんどなのではないでしょうか。

分からないから、何となく自分の今の気持ちはこうなのかな、と推測して「考えてみる」とか、置かれた状況についてあれこれ「分析して整理してみる」ことなどが自分と向き合うことなのだと捉えている方もあるでしょう。

けれど、自分の気持ちは考えてみても本当のところは分かりませんし、いくら状況を整理分析してみても、所詮は思考で納得させて収めるだけで、感情については手つかずのまま、繰り返し浮上しては持て余すのがお決まりのコースなのではないでしょうか。

もちろん、自分と向き合うことの中にはそのように思考して整理する部分もあるでしょうが、感情を抜きにしては自分と向き合ったことになりません。にもかかわらず多くの方は感情に対する適切な対処を知らないので、どうしたらいいか分からず、結局その部分を抜かしたところで収めようとしているのです。

感情は感情として感じ、受け止めなければ、何年でも、場合によっては次の人生までも持ち越して行きます。ワークをしていると、この持ち越しの感情を多くの方が体験されます。

私自身も、明らかに今世ではあり得ない感情をいくつも経験しています。

たとえば、男性として生きた人生で味わった妻子を失った悲しみや、今世では私に子供はいませんが、子供と生き別れた悲しみなどもでてきたことがあります。

そうした人生で味わった未完了の感情が、今生の様々な局面において知らずに顔を出し、運命を左右していることがよくあるのです。

私がワークを誘導しているとき、その方の呼吸や表情、身体全体のエネルギー状態など様々な要素を観察しながら進めていますが、その方が感じているものに意識を向けていると、時折今世のものではない、別の人生での体験が重なるようにして見えてくることがあります。

悲しみのエネルギーを身体で感じ、じっとそこに命の呼吸を送っていくことで、かつて分離・隔離して時間を止めてしまったストーリーが再び流れ出していきます。同じ質の感情の体験を魂は何度も繰り返していることがあって、一つの感情を辿っていくことで、別の人生のストーリーが表れてくることがあるのです。

これは何も特別なことではなく、誰にでもあるものです。過去世と言って、自分にそんなものがあるなんて信じられない!と思う方も中にはあるかもしれませんが、過去世の実在の真偽は、ワークにおいては実はどうでも良いことです。

ただ、そうしたビジョンが現れてきたというのは紛れもない事実なので、そこを在るがままに受け取ってワークを進めます。

それは故無く出てきたわけではありません。信じがたいストーリーが出てきたとして、なぜそのストーリーだったのでしょうか。前日に似たような映画を見たのでしょうか。見たとしても、全ての人が同じようなストーリーを再び見るわけではありません。にもかかわらず、なぜあなたには出てきたのでしょうか。

それは偶然ではないのです。そのことを在るがままに受け止め、さらに自分の中でかすかに疼いているサインを注意深く読んでいくと、ちゃんとその理由が出てきます。

ワークではこの理由をしっかり受け止めて応答していくことが重要です。漠然とした「悲しみ」や「怒り」などをただ体で捉えて命の呼吸を送っていてもなかなか終わらないのは、そうした理由からなのです。

悲しみのエネルギーが身体の中に在るとして、それは一体どうした理由からの悲しみなのでしょうか。大切なものを失った悲しみ、誰かに裏切られた悲しみ、誰からも理解されない悲しみ、自分を否定された悲しみ。一口に悲しみと言っても、実に様々バリエーションがあります。

そして、それぞれの悲しみの奥には、また少しずつ異なった微妙な感情が絡んでいたりします。

初心者の方は、とにかく身体の中に感情のエネルギーを特定し、命の呼吸を送って弛めていくまでができるようになることが目標です。それがある程度できるようになったら、感情のエネルギーが飲み込んでいる言葉を吐き出させてあげたり、相手の意識の中に入って見て相手の感情を受け止めていくこともしていきます。

ひとつ一つの段階で、変化を注意深くチェックしながら進めていきますが、変化が無ければ別のアプローチが必要だというサインです。いつまでも同じことをしていても、解放には近づきません。

行き詰っているときというのは大抵、自分がやっていることと、感情のカケラ君が欲していることがズレているのです。ここに気づき、修正するプロセスが必要になってきます。

多くの方は、相手の状態がどうであれ、自分が良いと思い込んでいることを相手に押し付けているものです。だからうまくいかない。内なる自分の気持ちに対しても、外の人間関係でも、相手をよく見ることは大切です。

せっかくの対話のひとときが独り善がりなものにならないように、どうぞ見る目、聞く耳を持って、じっと心を澄ませる習慣を持ってください。

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タイミングを掴んで導きに乗る在り方

ものごとには「為すべき時」があると最近つくづく思うのですが、時を逃さず為すべきことを為すべき時にやれば、最小の労力でスムーズに進めることができます。けれど、タイミングでない時にそれをやろうとすると、同じことをするのにもずっと多くの労力を使った割には、結果はさほどでもなかったりします。

これは小さなことから大きなことにまで言えることですが、たとえば、日常の流れの中でふと「あ、そうだあれもやっておかなくちゃ!」と思ってすぐにそれを実行するのと、「今は忙しいから後で!」とやってしまったとき、結果から見れば前者の方が後者よりも、ささっと簡単スムーズに済ませられるはずです。

タイミングを逃すと、そのことを忘れてしまって結局別の労力がかかってしまうこともあるでしょう。今この瞬間にふと思い浮かぶことというのは、それなりに意味のあることなのだと思います。

ただ、「これをやろう!」と思ったことでも、「ふと思い浮かんだ」というのと、頭でいろいろ考えたところから「これをすべきだからやらなくちゃ」と思うことでは全く意味合いが違います。

後者の場合は、ものごとの自然な流れとは違ったところが行動の動機になっているので、よくよく注意して識別する必要があるでしょう。

とは言え、「感じる」よりも「考える」癖のついている私たちは、自分の行動の動機が思考から来ているのか、インスピレーションなど、人生を導く大きな力からやってきているのか、なかなか区別がつきにくいものかもしれません。

自分では「やりたいからやっているのだ」と思っていたとしても、それは自分の気持ちが本当にやりたいからやっているのではなく、様々な条件から考えてそうすべきだと思うから、やりたいのだと「思っている」こともあります。

それが当たり前になっていて、自分でも何の疑いもなくそうだと信じていると、「それは本心から来ているものではない」と指摘されたとしても、ピンと来ないでしょう。

そんな状態は、かなり感情的にもあらゆる面で抑圧が強くかかっているだろうと思います。この状態から本当に自分が「感じていること」を取り戻していくには、それなりのプロセスがあるだろうと思います。

というのは、自分の頭で考えた「こうすればこうなるはず。だから私はこうするべきなんだ」という信念から外れるような気持ちが出てきて、これまでとは違った世界観に触れたとき、その人の心の中には多かれ少なかれ、混乱が起きます。

これを受け止めながら、これまで自分が強固に作り上げてきた信念が少しずつ崩れていくプロセスを通過していくことによって、自身の本心がやっと息を吹き返していくのですが、これに恐怖を感じることもあるでしょう。

これを越えていくには、やはりその人の中で「それでも私はこれ以上この状態でいるわけにはいかない!」という強い必然性があるかどうかがカギになってきます。それが弱いと、「そこまでしてこんな恐ろしい道を行かなくてもいいじゃないか。今だってそれほど悪くはないし」と来た道を引き返していくことになるでしょう。

ここでも、私たちには「見知らぬ天国よりも慣れ親しんだ地獄を選ぶ」慣性の法則が働いているのです。

いずれにせよ、ものごとにはタイミングがあり、道を引き返す時もあれば勇気をもって一歩を踏み出す時もあるわけです。どちらであっても選択自体にに良し悪しはなく、ただ何らかの結果があるのみ。自身の選択の結果を引き受けて、歩みは続いていきます。

けれど、その結果を引き受けることができないとき、私たちは後悔や罪悪感、失望に苛まれ、あるいはそもそも選択ができないまま、動けずにずるずると時を逃し続けていくこともあります。

こうした状態の処方箋は、結果を引き受ける恐れや痛みを受け止めていくことです。

これをすることで、混乱と痛みに満ち、地に足が着いておらず我を見失った状態から、地に足を付けて自分の居るべきところに戻ってくることができます。

ここから、自身の本心・真実に触れていくことができるようになっていくのですが、そうなると次第に深いレベルからやって来る導きに気づき、応答するようになっていくので、為すべき時に為すべきことを、在るべき場所で為せるようになっていくのです。

私たちは普段、どれほど頭で考えたスケジュールをこなすことに必死になって、深いところからやって来る導きをスルーしているでしょうか。

リラックスして今この瞬間に居て、ふと「やろう!」と思ったことを素直に実行していくことで、人生の流れは生き生きと心地よいものになっていきます。

そうは言ってもなかなか。。。との言い分も良く分かりますが、この在り方を実践するには、「なかなかできない」と言っているその在り方の、何かを捨てていかなくてはならないのかもしれません。

それはちょっとした心がけで済むものなのか、ものすごく勇気の要る決断をしなければならないのか、人それぞれでしょうが、あなたにとってその選択は、長い目で見てプラスなのかマイナスなのか。

しばしの間、考えてみてもいいのではないでしょうか。

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混乱とパニックの受け止め方

感情解放のワークをしていて、しばしば困難な局面にぶつかることが多いのが、混乱とパニックのテーマです。普段の生活でそれなりにこなして過ごせているとあまり気づかないものですが、何かの拍子に一気に吹き出てくると、自分でも驚くほど取り乱したりするのです。

私自身にも混乱とパニックがまだ心の奥底にたくさんあることを感じているのですが、普段何ごともなく過ごしているときは、自分にそんなものがあるなんてことはこれっぽっちも自覚はありません。

ただ、何か突発的な出来事が起こったりすると、意識が吹っ飛ぶほど頭が真っ白になって取り乱してしまう自分にショックを受けたりします。

以前、ある仕事でちょっとしたミスをしたときに、頭が真っ白になってしまって落ち着こうにも全く冷静な思考ができなくなってしまったときがありました。その時脳裏によぎったのは、指導役の上司に怒られる!ということでした。

怒られるのは誰でも嫌なものでしょうが、その怯え方が尋常でなかったので、自分でも「あれ?これは何かあるな」と思ったわけです。

怒られる以外にも、誰かとのやり取りの中でちょっと嫌な感じになった時、場合によっては身体が凍り付くような感じになるときもあります。

ここしばらくの揺さぶりの中で様々な感情が浮上してきたのですが、ここらでしっかり整理しておこうとワークに取り組んだところ、混乱とパニックから、グルとの関係性の中で体験した深い悲しみの感情が出てきました。

私と同じように、混乱やパニックのエネルギーを持て余している方の参考になればと思い、解放のヒントを書いておきます。

5月は本当に色々あって、まだ未消化な感情が胸の内でわだかまっていて苦しかったので、じっとその胸の重苦しさに意識を向け、その声を聞いてみることにしました。

すると、ものすごく努力したのに何にも形にならない、実にならないという深い悲しみが涙と嗚咽とともに浮上してきました。みんなはちゃんとできているのに、私だけできない。先生はロクに対応してくれずに私は放置されている。私は一人、困惑し、途方に暮れ、固まって身動きが取れなくなっているというビジョンが見えました。

このビジョン、最近やっていた習い事やレナードの教えでも表れていた全く同じ構図のテーマでした。

余りに深い悲しみで、ハートがえぐれるような痛みを感じていましたが、たくさん涙を流しながらその感覚も、命を呼吸しながら在るがままに感じて行きました。同時に、自分が何をどう感じているかも言葉にして吐き出してみました。

どんなに努力しても、私にはできない。
師は私を助けてはくれない。
私は独りぼっちだ。
ただただ悲しい。
まったくわからない。

普通はこういうことを認めてしまったら、ますます辛くなってしまうと信じているので、多くの人は決して認めまい、感じまいと頑張ります。けれど、本当は「自分はこう感じている」ということを在るがままに認め、告白した方がすっと心が軽くなるのです。

ただ、これを吐き出すことでストーリーに深く入っていくのではなく、体感覚から絶対に離れずにいて、命を呼吸し続けることは注意してください。

しばらく続けて、悲しみが少し落ち着いてくると、ビジョンの中でうずくまっていた自分が顔を上げ、上半身を起こしている様子が見えました。

さらに、この自分の気持ちをじっと感じて行くと、「訳が分からない」という混乱とパニックの気持ちが出てきました。身体でそのエネルギーを捉えると、脳幹の辺りを中心に頭の中心を通って第7チャクラに抜けるラインがしびれて真っ白になるような感じがあり、みぞおちから第2チャクラにかけてに緊張感がありました。

これもじっと呼吸を送りながら感じて行くと、どんどん変化しながら抜けていくものがありました。

「わからない」という感覚はとても微妙で、ともすれば思考で何とか理解して収めようとする行動に流れがちですが、そうなると感情や感覚を受け止めるのとは別のことになってしまうので、ここはその感覚をしっかりとらえ、これを受け止めることを意識します。

頭がボワンとなって思考停止状態になっていたり、しびれた感じがあるなどもそのままとらえ、呼吸していくわけです。怒りを怒りとして受け止めていくように、混乱も混乱としてそのまま感じてあげればいいわけですね。

感じながら、子供の頃によく感じていた戸惑いと緊張の感覚を思い出しました。私は子供の頃、とても不安感の強いたちで、いつも不安で緊張しながら毎日を送っていました。

学校でもできない、わからないことが多く、毎日がとても苦痛で世界は冷たく自分を拒絶しているように感じていました。私はその恐ろしさに、とてもこの世界で無事に生きていけるようには感じられませんでした。

長いこと忘れていたそんな恐怖感も、やっと意識に浮上させることができたのです。

子供の頃はそうした不安感、恐怖感を受け止め切れず、よく腹痛や便秘を起こしていましたが、今はこうして受け止めてあげることができます。

まだ完全にすべて解放できたわけではないのですが、最初の場面に戻っても、随分感じ方が変わってきました。焦らず、ぼちぼち取り組んでいくことにします。

混乱のエネルギーが出てくると、つい巻き込まれて一緒に混乱してしまいがちですが、これも他の感情と同じようにそのエネルギーを捉え、受け止めていくことで弛んでいきます。みなさんの取り組みの参考になれば幸いです。

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壁にぶつかる特権

明後日6月3日の感情解放ワークショップですが、まだお席がございますので、自分を愛し受け入れるってどういうこと?と知りたい、体験したい方はどうぞご参加くださいませ。月後半のワークショップよりも、月初の方がゆったり受けられると思います。お申込みはこちらからどうぞ。

さて。私がお伝えしている感情解放のワークですが、長くブログを読んでくださっている方でも、一人だとなかなか解放に至るまでのプロセスが掴みにくいという方が多いようです。

できる限り、このブログでもポイントを詳細にお伝えしているつもりではあるのですが、実際にワークに入ってみると、自分でちゃんと身体の感覚を捉えられているかとか、思考と感情の区別はついているか、感情のエネルギーに触れているか、といったところは一人ではチェックしきれない部分ではあろうと思います。

そういった部分は、実際にワークショップやセッションなどをぜひ体験してみていただきたいと思うのですが、ブログでは私の日々の気づきや実際のワークのプロセスなどを書き綴っていますので、何かみなさんの歩みの気づきのヒントになればと思っています。

私は元々が結構なネガティブ思考な人間なので、余りキラキラハッピーな内容は書けないのですが、不器用な歩みの中でも時折、本当に素晴らしいな~と深く心打たれるような導きや体験がこれまでにもたくさんありました。

現代社会では、何でも早く手軽に劇的な変化が起こってほしいというニーズが多いことも承知していますが、そればかりを求めていると、見えてこないものがあるよな~と思います。

プロセスというのは単なる通過点でゴールにたどり着くことが一番重要なのだと思っていると、ゴールにたどり着いても、何も得ていない自分、まだまだ満足できない自分を延々と繰り返すことになるでしょう。

感情解放のワークでも最終的に意識しているところは、今この瞬間に深く根付いていくということです。

ゴールばかりを見ている在り方というのは未来に意識があり、今ここにはいません。ワークでも、抑圧された感情のエネルギーを解放すればいいんだ!とばかりにがむしゃらに解放を進めようとする方は多いですが、ワークは解放が目的ではないのです。

自分に向き合うプロセスの中で、どれだけ自分自身のこれまで目をそらしてきた側面に直面できたか。自分が本当に感じていたことに耳を傾け、そのニーズに応えたか。それらを重ねていった先に、どれだけ自分を信頼し、大切に思えるようになったか。

そうしたひとつひとつを着実に自身の在り方として行くことが、結果的に解放につながるわけで、解放を焦るあまりにそれらをおろそかにするのは本末転倒な話です。

これらを一気に、お手軽にささっとすませることなど、できるでしょうか。それはとても不可能なことのように私には思えます。

「さっさと済ませたい」という考えも分からなくもありません。今この状態が辛いからこそ、早く通過して楽になりたいと思うのでしょうが、あなたがもし、大切な誰かに声を聞いてほしいときに、その人が「さっさと済ませて次に行きたい」と思っていたとしたら、どんな気持ちになるでしょうか。

あなたの「さっさと済ませたい」という思いは、内なる自分からしてみたら、とても淋しく悲しい気持ちにさせる態度だと言えるのではないでしょうか。

翻って、あなたはこうした態度を誰かから取られたことがないでしょうか。幼い頃に、両親から。或いはパートナーから、職場の人から。彼らの態度は、あなたがあなた自身にしている態度の写し鏡です。

「私はちゃんと話を聞いてほしかったし、あなたにここに居て欲しかったのに、あなたはいてくれず、話も聞いてはくれなかった」というその辛い気持ちが、あなたに向き合ってもらえない、内なる自分の気持ちに符合するのです。

あなたは自分にこんな態度を取っているよ、と周囲の人たちが教えてくれているわけです。

このことに気づき、自分の在り方を転換すると、あなたの現実はとても優しいものになります。あなたが放っているバイブレーションが変化するので、かつて彼らの無関心や無責任さといった引き出しをあなた自身が引いていたのですがが、それをしなくなるからです。

言い方を変えれば、彼らにそのような言動をさせていたのは、あなただということです。

同じ人でも、ある人にはとても優しいけれど、別の人には非常に厳しく当たるというケースがありますが、それは、その人の中に様々な引出しがある中で、接する人がどの引き出しを引いているのか、ということなのです。

本当に真剣に、深く自分と対峙していったなら、理想とは程遠い自分を嫌というほど見ると思います。

けれど、それらに直面し、忍耐強く対話を重ねていった先に、あなたが求めてやまなかった信頼や安らぎ、真実だけが持つ明晰さ、個を超えた素晴らしい何かを見出すでしょう。

特に壁にぶつかった時、真摯に、強く、人生を導く大いなる力に祈り求めてみてください。このことが、実は私たちの深い霊性の成長には、とても大切な意味を持つのです。

自分の限界を知り、それを受け入れたとき、それを超えていく扉が開きます。謙虚であれとはよく言われますが、本当の謙虚さとは、このことの真意を知ることから始まるのです。

壁にぶつかるのは、真摯にこの道を歩んでいる証拠です。避けて通る人には決して与えられない特権であると覚えておきましょう。

あなたの歩みに、明確な導きと恩寵がありますように。

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それでも私は愛したい

昨日、お昼頃から夕方6時くらいまで、ブログが見られない状態になっていました。wordpressに入れていたプラグインを色々といじっていたら重大なバグを起こしてしまったようで、みなさまにはご心配、ご迷惑をおかけし、すみませんでした。

一瞬、去年10月のブログ消失事件がよぎりましたが、今回は記事のデータは飛ばなくて済みました。何分、こうした分野のことにはド素人なもので、去年お世話になったところにお願いしてどうにか復旧してもらいました。

ブログ内の検索機能がいつからか使えなくなっていて、そこに文字を入力するとホームページに飛んでしまうという不具合が出ているようなのですが、これについては原因が特定できず、大変申し訳ありませんが、今のところ復旧のめどが立っていません。

もしワークなどのご質問などございましたら、直接メールやメールフォームなどからご連絡いただければ、いつでもお答えいたしますので、遠慮なくお問い合わせいただければと思います。

さて。ここしばらくの揺さぶりの中で、自分の人生の中で本当に愛を体現していくことを選択したのですが、いま私の現実には、これまでにない程、たくさんの愛を感じる場面がやって来ています。

出会うクライアントさんたちや、家族、友人たち、自然など、言葉や態度でそれを感じるときもあれば、その人にじっと向き合っているときに、その方の魂の底から、湧き出ようとしている愛の力強い息吹を感じるときもあります。

そうしたものを感じるにつけ、表面的にはたとえ憎しみに我を見失っていようとも、本当はみな愛されたい以上に愛したいのだと、深く深く感じるのです。なぜなら、私たちはみな愛そのものだから。愛さずにはいられないのです。

けれども私たちのその自然な在り方が何らかの原因で制限されてしまうと、とても苦しい状態になってしまいます。本当は溢れんばかりの愛を放出し続けるはずなのに、自分には愛がないと思い、誰かから愛されなければ死んでしまうと信じ、際限なく自分の虚無を埋めるために愛を求め、貪るようになったりもします。

自分が愛そのものであるということを知るために、私たちは愛がないという幻想を自ら作り出し、体験することで愛がいかなるものなのかを知る学びをしているのかもしれません。

学びとは言え、血を吐くような思いをして日々を生きているときは、本当に死んでしまう!と感じるときもあるでしょう。それでもあなたは、愛そのものなのです。

レナードはよくセミナーでも「私はあなたが何であるかを知っている」と言います。彼の著書「今この瞬間への旅」の冒頭ではそれを、こんな風に書いています。

あなたは不滅の大いなる存在です。愛、受容、思いやりそのもの。強靭さ、明晰さ、真実そのもの。あなたは形態と中身を越えた純粋意識です。自分で創造する以上にあなたは力強い。あなたはこの地上における神の意志の道具。あなたは神の戦士であり、あなたの究極の運命は一体性に目覚めること。あなたは自身の魂の戦士。今回の人生での目覚めを通して、あなたの魂はその永遠性に帰還するでしょう。

初めてのセミナーで、初対面でよくも知らない私たちに向かって、彼ははっきりとこう宣言したのです。なぜここまではっきりと断言できるのか、目覚めたマスターとはいったい何者なのかと、その時私は思ったものです。

けれど今、様々な方の魂の深いところからの叫びにも似た「それでも私は愛したい!」という願いに触れるたび、彼の言葉は真実だと感じられるようになってきました。

人間のどんな醜さの奥にも、信じられないような純粋な愛が息づいているのを自分で体験しなければ、とてもそうは思えなかったでしょう。「この人は何を言ってるんだろう?勘違いじゃないの?この私のどこを見てそんなこと言えるのさ?」と、全然ピンと来ないでしょうし、引っ掛かりもしないでしょう。

でも、最も忌み嫌うその醜さをじ~~~~~っと深く深く覗き込んでいくと、あらゆる闇を通り抜けた先に、本当に見えるんですよ。光が。愛が。

けれど、それを直視するまでがとても苦しい。そして、直視し続けることもまた、苦しいのです。何をどう見たらいいのか迷いに迷い、複雑になりすぎたストーリーの中で身動きが取れなくなってしまうこともままあります。

その苦しみの中で、祈り求めてみてください。自分自身の真実を。本当のところ、私は何なのかと。

それに触れたら、あらゆる矛盾は吹き飛んでしまいます。

愛することを恐れる人たちへ。自分の中の愛をはぐらかさないで、それを真実として生きてみてください。宇宙はそれを応援しているし、その選択は、あなたの人生のあらゆるレベルを愛と調和に導いていくでしょう。

あなたの人生に、愛と光が溢れますように。

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●満月の瞑想会
2017年 7月9日(日)17:00~20:00
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2017年
 7月1日(土)、12日(水)、22日(土)
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気づきを促すメッセージに応答する方法

最近新しく無料遠隔ヒーリングにご参加くださっている何人かの方々から、「気づきがやって来るというけれど良く分からない」というお声をいただいているので、今日はどんな風に気づきを得て行ったらいいかについて書いてみます。これまで参加されてきた方にも参考になればと思います。

この企画では、感情解放ワークの「起こってくることすべては自分に気づきを促すメッセージである」という世界観が前提としてあるのですが、そのメッセージを読み解くのには、出来事によって浮上した感情に着目します。

とは言え私たちの多くは普段感情を無意識に抑圧している傾向があるので、なかなか気づきにくいという方もあるかと思います。

それでも、イライラする、焦りがある、悲しい、虚しい、混乱している、不安だ、嬉しい、楽しいなどといった感情が自身の内に浮上していることに注意深く意識を向けてみてください。

特にネガティブと言われる感情は、気づかないようにスルーしていたり、ちょっとでもそうした感情に触れそうになると、慌てて「気持ちを切り替える」などしているかもしれません。自分がそうした感情に飲み込まれてしまうのが恐いからでしょう。

けれど、どんな感情も体感覚とともに深く呼吸しながら受け止めていけば、それを統合していくことができます。この辺りのワークについては細かく注意点などあるのですが、詳細はワークショップや拙書「感情解放ワークブック」などを参考になさってください。

初心者の方は、とにかく「自分は今、何を感じているだろう?」と問うことから始めてみましょう。

今週のテーマの「自身の認識・感じたことを解釈しないで受け止める」という部分であれば、たとえば「自分は仲間外れにされているのではないか」とあなたは感じたとします。

自分の気のせいかもしれないけれど、でもそんな風に感じられて辛い気持ちになっているとしたら、普段だったら「気のせいかもしれない」とか「自分が弱いからそんな風に思うのだ。もっとしっかり気を強く持たなければ」などとあれこれ解釈し直して、アクションを起こしていくかもしれません。

けれど、このテーマに沿って出来事を受け止めていくとしたら、「自分は仲間外れにされている」という自分の認識を否定しないでそのまま受け止めてみます。実際そうされているのかどうかはまた別の次元の話で、あなたが「そのように感じている」ということは、まぎれもなく事実だからです。

その自分の認識がもし事実だとしたら、あなたは本当のところ、どんな気持ちになるでしょうか?

悲しかったり淋しさ、孤独、独りぼっちになる恐怖などが浮上するかもしれません。あなたはこれを避けたいが故に、「気のせいかもしれない」などと思ったりして、自分の認識を否定するわけです。

こうして浮かび上がった感情が、「核心の感情」と私が呼んでいる、抑圧された根っこの感情になります。遠隔ヒーリングのテーマの後半部分「起きてくる出来事を体験する」は、この感情を受け止めていくということも狙いになっています。

次にこれを受け止めていく実践の部分に入っていくわけですが、悲しみや孤独、恐怖は、体のどの部分で強く感じるでしょうか。ちょっと気持ちが悪い感覚かもしれませんが、一番強く感じる体の部分を特定したら、そこに美しい命が流れ込んでいくようにイメージしながら深く呼吸をしていきます。

不快感のある場所に、抑圧された感情のエネルギーがあるということであり、その部分は命のエネルギー不足になっている状態なので、ここに命を送ることにより、栄養失調状態を解消してあげるイメージです。

このようにして身体の感覚を使って感情のエネルギーを受け止めていきます。私が「感情を受け止める」と言っているのは、この具体的なプロセスを指しています。

正しく受け止められていれば、呼吸を通すたびに不快な感覚は弛んで薄くなっていくはずです。いくら呼吸を繰り返しても変化がない場合は、その感情に触れられていないというサインです。つまり、その感情に触れるのを恐れているということなのですね。

こういうときは、恐れている自分を正直に認め、告白すると良いのです。

すなわち、「私は悲しみ(孤独、淋しさなど)に触れることを恐れている」と、心の中で良いので3回くらい呟いてみます。これを言うだけでも、どこか緊張がほぐれるような、ホッとする感じがあるかもしれません。

さらに、「私は悲しみを感じることを恐れている。なぜなら…」と自分の言葉でつないでみます。悲しみを感じてしまったら、あなたはどうなってしまうと信じているのでしょうか?

悲しみを感じたら、泣き崩れてしまうのかもしれませんし、立ち上がれないと思っているのかもしれません。そうなってしまいそうな自分を、感じないことによって必死で支えているのですね。

この自分を在るがままに感じます。ゆっくり、深く呼吸をしながら。

ざっとですが、このように掘り進め、抑圧された感情を明らかにし、受け止めていきます。

私たちは、起こるべきことを起こさないように抵抗して、とても苦しい状況を自ら作り出し、自分をがんじがらめにしています。本当は、起こることを起こさせてあげても、自分がしっかりとそれを受け止め、体験していけば大丈夫なのです。

ヒーリングのエネルギーは、あなたが通り抜けていくこのプロセス全てをサポートします。

どうぞ、普段意識を向けないところに注意深く向けて、深く命を呼吸しながらテーマに向き合って見てください。

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第344弾 無料遠隔ヒーリング

毎週月曜日は恒例の無料遠隔ヒーリングのテーマの設定日です。 第342弾のご感想をホームページにアップしましたので、参考になさってみて下さい。また、7月のスケジュールもアップしました!

さて。人間、逃げ道のあることでどこか救われている部分があるものだと思うのですが、逃げ道を断った時にだけ見えてくる可能性や、突破していける道があることも確かです。

ここ2週間ほど、とても心揺さぶられた日々を過ごしていたのですが、また一つ、私が残していた逃げ道を断つことができて、逃げ道があるが故に混乱していたエネルギーがしっかりとある方向に流れ始めたのを感じることができました。

この間、とてもショックで絶望的な体験もしましたが、通り過ぎた今、振り返ってみると、実はその絶望が私の転機に重要な役割を果たしていたことが分かりました。

今まで、自分の力で何とかしようと長いこともがいていたのですが、それではどうにもならないということが分かって、ある人にサポートを依頼することにしました。けれど結局その人のサポートでもダメで、私自身もかなりのエネルギーを注いで努力してきたものが、全く形にならないという現実を受け入れざるを得なくなりました。

努力は裏切らないとか、積み重ねた努力は思う通りの結果にならなかったとしてもどこかで活きてくると言います。確かにそうした見方もできるものの、私がその時感じたのは、自身の内に広がっているこの絶望を絶望として受け止めることが大切なような気がしました。

だから見えている厳しい現実を、在るがままに受け止めました。とても深い絶望感と混乱した気持ちの中で一時的に自分を見失いもしましたが、そのときに必死で祈り求めたものが応えられたのか、今はとても落ち着いて、深い愛を感じています。

その時私は、その絶望が無かったら多分絶対に選ばなかっただろう選択をしたのですが、絶望は、自分の力で頑張りすぎていた私のハートを強制的に開かせ、これまで目を向けていなかったより大きなものを受け入れるスペースを私の中に作り出しました。

神は、頑なな私に少しばかりの荒療治をしたようです。

一見不幸と見える状況にも、光の側面があります。それを見出すには、無理やり思考で解釈し直すのではなく、自分が受け取った在るがままに逃げずに直面し、受け取ることが次の扉を開くような気がします。

私たちはよく、出来事によって浮上する感情が受け止め難いが故に出来事を否定し、受け入れないようにして、自分を強烈な感情から守るということをします。

けれど、そうしてしまうと浮上していたはずの感情は無かったことにされ、ずっと身体の中に残って様々な反作用を引き起こすようになってきます。

その出来事がとても辛いことだと認識したのなら、余計な解釈を挟まないで浮上してくる感情を在るがままに受け止めた方が、自分にとっての真実を生きることになると思います。

確かに、出来事は様々な解釈ができるし、色々な側面を持っています。そうした中で、自分はその出来事をどう認識したのか。それが自分に取っての真実になります。

そしてその真実を正面から受け止め、生きることでしか、自分自身の本当の人生を歩むことはできないし、力強い歩みにはならないのではないでしょうか。

大切なのは、自分の認識を否定しないこと、そして浮上してくるあらゆる感情から逃げないことです。

神は、光だろうが闇だろうが、人間目線の善悪をも超えて、私たちを目覚めに導くためならありとあらゆる手段を使います。

その中で私たちは翻弄され、エゴがゴリゴリと削られて、エゴの限界をまざまざと突き付けられることで、大いなる力への明け渡しが起こっていくのでしょう。

今回私は、いかに努力しても自分の力ではどうにもならないという強烈な現実を突き付けられましたが、これによりエゴは打ち砕かれ、これまで委ねきることができなかった大いなる力が、私の中心にしっかり根付いているのを感じます。

本当に痛くて怖くて辛かったけれど、これほどまでに、神は私が愛に帰っていくことを決して諦めることはしないのだとしみじみ感じました。

この間、私は確かに逃げ道に進もうとしていました。けれど、その在り方でいいのかどうか。今後、私は何を自分の真実として生きていくのかを厳しく問われたと思います。

本当のところ、どう在りたいのか。腹の底からはっきりと、嘘偽りなく宣言しなさい!と揺さぶられたわけです。

今なら自分の選んだ道の歩み方も少しは分かるようになっているので、一歩一歩を踏みしめながら、自分のオリジナルの真実を歩んでいけそうです。

誰しも、外からの情報で自分の本当の人生を歩むことはできません。自分が何を認識し、何を感じたのか。それが何であれ、否定しないで受け入れるところから始めてみましょう。

というわけで今週のテーマはこちら。

自身の認識・感じたことを解釈しないで受け止め、起きてくることを体験するよう最高最善に働きかける

参加される方は、「無料遠隔ヒーリングの受け方」ご覧になり、 ご理解のうえ5月31日(水)17:00までにメールまたはメールフォームにてお申し込み下さい。 同日20:00より順次働きかけを行っていきます。

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自分自身との対話を楽しむ

昨日は感情解放ワークショップでした。常連の方々、初めてご参加で遠方よりお越しの方、みなさまの真摯な取り組みに立ち会わせていただけましたこと、心より感謝申し上げます。

毎回、みなさんの中から現れてくるものは、本当に愛おしい子供たちのようで、彼らがどれほどの長きにわたって助けを求め続けていたのかその苦しみに寄り添い、そして今回やっと自身に受け止められていくのを拝見するのは、いつみても素敵なことだなぁと感じます。

よくワークで掘り下げの時にどんな質問をしていけば核心にたどり着くのかとご質問をいただくことがあるのですが、定型的なマニュアルでできるほど、みなさんの背景は画一的ではないですし、状況や場面によって、質問の仕方も変わって来るので一口でご説明できないのがもどかしいところです。

ただ、根本的には抑圧された感情のカケラ君が、今どんな状態にあって、どうして欲しがっているのかを明らかにするという方向性をしっかり持って問いかけをすることは重要です。

ワークにおいてはストーリーにはまり込んでいくことは推奨しませんが、けれど周辺のストーリーを明らかにすることで、そのとき浮上している感情がより鮮明にできるケースがあります。

たとえば、ある場面のビジョンが出てきたとして、周辺に誰かいるのか、居るのだとしたらそれは自分とどんな関係にある人なのか、その人に対してどんな気持ちを抱いているのか、なぜその気持ちを抱くに至ったのか、その原因となるどんな出来事があったのか、などを問いかけ掘り下げていくことで、漠然としていた感情の輪郭がはっきりと浮かび上がるでしょう。

また、核心の気持ちが浮かび上がって来たら、そのカケラ君が自分に対してどうしてほしいと思っているのか、解放されたがっている当事者の声をよく聞くようにします。

もしカケラ君の声が聞こえないのだとしたら、それは自分の側が、声を聞くことに対して何らかの抵抗や恐れがあるから自分でシャットアウトしているのであって、決してカケラ君が聞いてほしくなくて、黙り込んでいるわけではありません。

彼らは非常に苦しい状況にいるのであり、一日、一秒でも早く助けてほしいと思っています。よく、カケラ君は私が聞こうと思っているのに何も言ってくれない。拗ねている。という人がありますが、それは自分自身の姿を投影して見ているだけです。

このことを踏まえた上で、カケラ君と対話していくこと、対話できるようなスタンスを自分で整えていくことも、大切なポイントになってきます。

カケラ君との対話を恐がる自分に忍耐強く対処していくことや、カケラ君と適切なコミュニケーションを取れるようになっていくプロセスは、ただの通過点ではなく、実はそれ自体が人生の大切な目的でさえあると私は思っています。

だから、さっさと通過して早く楽になりたいという気持ちも分かりますが、願わくば、永遠にそれをやっていても大丈夫!それが楽しい!と思えるくらいに感じていられたら、と思うのです。

子育てなんかも、その瞬間瞬間は通過点で、早く成長して子供たちが独立して手が離れればいい、というものではないように、あらゆる瞬間が愛おしいものであり、大切に慈しんで抱きしめるものだと思います。

そんな気持ちでカケラ君たちとの対話や、未熟と思えるような自分の側面との出会いを楽しんで向き合っていっていただけたらな、と思います。

抑圧された感情のカケラ君たちは、決して私たちの人生の障害物ではありません。彼らは大切な何かを教えてくれ、導いてくれる優れた賢者でもあります。

その叡智を私たちが引き出し、どれだけ自分の血肉とすることができるのか。ひとえにそれはどれだけ私たちがそこから学びを得ることに貪欲であるか、にかかっています。

どうぞ、カケラ君たちとそれに向き合おうとしている自分自身に対して、忍耐強く関心を持ち続け、愛のある眼差しを注ぎ続けて行ってください。

みなさまの歩みが、愛と祝福で満たされますように。

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